連載【私の鼻】ライター 夏生さえりさん 〜 #03 鼻で見る景色 〜

各界で活躍する目利きのプロフェッショナルたちが、今気になっているのはどんな香り?連載第3回は、NOSE SHOPのポッドキャスト番組「NOSE knows(ノーズノーズ)」でパーソナリティを務めるフリーライターの夏生さえりさんにインタビュー。「香りは全然詳しくない」という夏生さんの、ピュアな鼻の感性に響いている香りとその魅力を、番組の裏話と共に伺います。

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香りの言語化。想像できなくて、面白そう!

―フリーライターとして多方面でご活躍の夏生さん。書く仕事にもいろいろありますが、具体的にどんな分野が多いですか?

エッセイ、コラム、コピーライティングなど、文章を書く仕事を色々とやらせていただいています。今一番多いのは、ストーリー作りです。映画の脚本、絵本の構成、短編アニメーションの物語を作ったりしています。フリーランスですが、CHOCOLATE Inc.という会社にも所属しています。

― 昨年10月にスタートしたNOSE SHOPのポッドキャスト番組「NOSE knows」でパーソナリティを務めることになった経緯を教えてください。 

私は文章の仕事を中心にしていきたいと思っていて、話す仕事はあまり引き受けないようにしていたんです。でも、香りを言語化していくという「NOSE knows」の企画内容を聞いた時、すごくチャレンジングだなと興味を惹かれました。そもそも香りって、つかみづらくて伝えづらいのに、それを言葉にして、さらに実際に嗅ぐことのできないリスナーに言葉だけで伝えるって……ぜんぜん想像がつかなくて面白そう!と思って、お引き受けすることにしました。

watashinohana_saeri_NOSE knows

― 「NOSE knows」では、トークテーマの企画や構成、台本作成にも携わっていらっしゃるとのこと。どんな流れで番組をつくっていますか? 

中森(友喜・NOSE SHOP代表)さんが最近面白かったこと、伝えたいことなどを事前に伺って、その骨子をまとめた簡単な台本みたいなものを私が用意しています。素朴な疑問や興味は本番でも率直にぶつけているので、中森さんを困らせているかもしれません(笑)。

― 中森さんの説明に対する夏生さんのリアクションがいつも新鮮なので臨場感があって、リスナーとしては楽しいです。もともと香水に興味があったわけではないのですね? 

はい、全然詳しくないんです。持っているのも、2-3つだけです。もともと、コンセプト文に惹かれて買うタイプで、「こんな素敵なコンセプトの匂いを身に纏いたい!」っていう衝動で購入することが多いので、香りに関しては、もう本当に初心者です。

ー 番組に関わる前と後で、香りの選び方は変わりましたか?

中森さんにお話を聞けば聞くほど、いろんなものが見えてくるようになりました。ニッチフレグランスは、人に好かれようと思ってつくっていない、といったら語弊があるかもしれませんが、本当に自分がつくりたいものをつくっている調香師さんがいて、ブランドに込められた想いがあって、コンセプト文に至るまでのモノづくりの姿勢があって。私は今までコンセプト文だけで香りを選んでいたけれど、それ以外にもたくさんのストーリーがあることを知りましたし、そういう面白い香水がこんなにたくさん!ますますどうやって選べばいいかわかんない!となっています(笑)。

watashinohana_saeri_香りの言語化の面白さと難しさ

ー 香りを言語化する過程で発見した面白さ、逆に難しさはありますか? 

いやー、それはもう本当に毎回難しいです。「いい匂い」とか「これあんまり好きじゃない」とか、それぐらいしか言葉にしたことがなかったので、毎回戸惑っていますね。でも、そんな中でも、なんとか言葉にしようと情報を手繰り寄せている感覚です。香りに対して一生懸命向き合ううち、香りの解像度がすごく上がって、普段暮らす中でもいろんな香りを意識するようになりました。鼻で景色を見たり、鼻で何かを記憶しようとしたり。ちょっと世界が豊かになったなという感じがすごくあります。

ー これまでの収録で特に印象深い回は?

歴史の回が大好きです。私たちが香りをつけたいと思う気持ちは、今も昔も変わらないということに気づきました。あと面白かったのは、臭いものを言語化した回。世界一臭いといわれる「シュールストレミング」という缶詰の匂いを嗅いで、「臭い」といわずに言語化してみるというのを真剣にやりました(笑)。ドリアンは、よく嗅ぐとエビ焼売の匂いがする、とか。

香りから、見たことのない景色が見える

ー NOSE SHOPを通して出合った中で、特に印象に残っている香りは? 

まず、Zoologist(ズーロジスト)の「ティラノサウルス・レックス」。これはやっぱりコンセプトがおかしいなと。なんでこんなものをつくったんだろう。嗅いでみると確かに恐竜が走った後の砂埃みたいな、ゴツゴツした場所の匂いが本当にする(笑)。といっても、実際はそんな景色を見たことがないのに、ありありと想像できるのが面白いですね。

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カナダ発のZoologist(=動物学者)はその名の通り、動物をテーマにした香りを展開。ティラノサウルス・レックス(エキストレド パルファム)60ml 33,000円

もうひとつは、Orto Parisi(オルト パリージ)の「ステルクス|糞」。これもコンセプトがおかしい。私はどうしてもコンセプトとかネーミングに引っ張られがちなので、いくらいい匂いでも「糞の香りか!」と思っちゃう(笑)。これをつくった調香師さん本人が”糞”をつけこなしているらしく、一体どんな人なんだろうと頭にこびりついて離れなくなりました。多分私はつけこなせないけど、きっとこれをつけることですごく魅力的に見える人がいて、それは私にとって未知なとても素敵な人なんだろうなと思って、めちゃくちゃ印象に残っています。でも実際、すごくいい匂いです。土のちょっと湿った香りがします。ちょっと懐かしい感じもありますね。

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NOSE SHOPの中でもとりわけ異彩を放つユニークな香り。(左から)Zoologist ティラノサウルス・レックス(エキストレド パルファム)60ml 33,000円、Orto Parisi ステルクス|糞(パルファム)50ml 27,500円、Nasomatto ブラックアフガノ|吸う吐く至福(エキストレド パルファム)30ml 29,000円、Orto Parisi ボッカネーラ|ダークな口(パルファム)50ml 27,500円

同じくOrto Parisi の「ボッカネーラ|ダークな口」と、Nasomatto(ナーゾマット)の「ブラックアフガノ|吸う吐く至福」も印象深い香りです。どちらも私の人生では出会わないタイプの人がつけていそう。「ブラック アフガノ」はすごく変わっていて、こんな香りがする人がいたらすごくミステリアスだろうなと。「ボッカネーラ」は嗅いだ瞬間、タバコを吸っていそうな人の部屋が思い浮かびました。DJグッズとかも置いてありそうな。もう行った気分になるぐらいはっきりと想像してしまったので、この人にも馴染みがあります(笑)。

ー 夏生さん自身が使ってみたいと思う香りはありましたか? 

番組の中で中森さんにおすすめいただいて、いい匂いだったなと覚えている Abel(アベル)の「シアンノリ」。海辺を1人で散歩している素敵な景色が浮かんで、白い粒度のちいさな砂浜まで想像できますね。

Nicolai(ニコライ)の「ニューヨーク」と「バイカルレザー アンタンス」は、嗅いだ瞬間に好き!と思いました。「ニューヨーク」は、中森さんにとってはサイバー的なイメージの香りらしいのですが、私は都会の中にある公園のベンチのイメージがすごく沸いて。金属っぽさがあるので、それがサイバーとかベンチのイメージにそれぞれつながったのかも。ちょっとリフレッシュできる感じの香りです。

「バイカルレザー アンタンス」も景色のイメージ。ヒールを履いた女性がコートを着て、カバンを持って、百貨店の前とかを颯爽と歩いている冬の景色です。すごく綺麗で芯があって、ピリッとしたレザーのアイテムがすごく似合うような女性像。憧れます。とにかく香りから一瞬で情景が思い浮かぶような、とても複雑な香りが多いんです。その情景をありありと想像してしまうと、空想のはずなのになんだか思い出とような気がしてきて……(笑)。

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もうひとつ。本当に買おうか迷っているのが、Maison Violet (メゾン ヴィオレ)の「アンエーダポディ|遥か頂きの風」。この「遥か頂きの風」っていうネーミングが素敵だし、「魅力の魅力による魅力のための香り。これこそが魅力のすべて」というコンセプト文も最高です。これを身に纏って、堂々と街を闊歩したいです。

唯一選んだのは、もう1人の自分の香り

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型破りでセンセーショナルな香りが揃うブランド Etat Libre d'Orange(=オレンジ自由国)。エルマン|もう1人の自分(オードパルファム)100ml 24,200円

ー生き方を変えるレベルで影響を受けた香水はありますか? 

Etat Libre d'Orange(エタ リーブル ド オランジェ)の「エルマン|もう1人の自分」。NOSE SHOPの店内を何周もしてめちゃくちゃ悩んだ末、唯一買った香りです。暗い森の中で影の自分に出会う、というようなテーマ。香り自体も、鬱蒼とした森の中で、いつまでも乾かないグチュグチュとした地面の上を歩いているみたいなイメージ。今までの私は爽やかな香りばかり買ってきていたので、こういう暗い森の中を勇敢に歩けるようになりたいと思いました。自分が買いそうな香りではないものとして、あえて買ってみた感じの香水です。

ー普段、どんな香りの使い方をしていますか?

「エルマン」は、新しい自分に出会いたい、今日は違う自分に出会えるかも、みたいな気分の日につけます。あとは、雨の日ですね。雨にすごく似合う香りなんですよ。 子供がまだ小さくて、つけるタイミングが実際はなかなか難しかったのですが最近ひとりで歩くようになって、抱っこの時間も減ってきたので、そろそろ香りの楽しみを広げたいなと思っているところです。

今日の私はどんなふうに一日を過ごしたいかをイメージして、香りを選んでいきたいです。大変な予定がある日は、軽やかに越えていくために海風のような香りをつけるとか。こうありたいと思うテーマを設けて、何回でも自分を奮い立たせるような使い方もできたらいいなと思います。あと、寝香水もやってみたい。ハマるとたくさん買っちゃう派なので、沼の一歩手前にいます(笑)。

ー 毎週火曜更新の「NOSE Knows」。これから取り組みたいことは? 

やっぱり香りを嗅いだときに「これは◯◯だ!」と分かるようになりたい。何回教えていただいても、鼻で記憶するようになるまでには時間がかかると思うんです。そのために匂いの引き出しを増やしていきたい。引き出しに入ってないとそもそも引っ張り出せないので、いろんな香りを覚えておきたい。あとは、本当に自分が好きなものを見つけていきたいです。「私はこれが好き」「私の香りはこれ」と言っている、香りヘビーユーザーさんを見かけるたび、羨ましいので。私も、そうなりたいです。

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夏生さんが使ってみたいと気になっている香り。(左から)Nicolai バイカルレザー アンタンス(オードパルファム)100ml 35,200円、同 ニューヨーク(オードトワレ)100ml 25,300円、Abel シアンノリ(オードパルファム)50ml 23,100円、Maison Violet アンエーダポディ|遥か頂きの風(エキストレド パルファム)75ml 24,200円



watashinohana_saeri_PROFILE

PROFILE:
夏生さえり(なつおさえり)
ライター。出版社とWebでの編集者経験を経て、2016年にフリーライターとして独立。エッセイ、ショートストーリー、脚本、コピーライティングなど、文章にまつわる活動は多岐に渡る。スターバックス、日比谷花壇、新宿ISETANとのコラボ小説や、 ソーシャルドラマ『水曜日22時だけの彼』、『実験都市DIVER CITY』の脚本等、 ストーリーコンテンツを得意とする。2022年に公開された映画『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』では共同脚本を務めた。YouTube短編映画「ハロー!ブランニューワールド」(動画名:もう限界。無理。逃げ出したい。)は、国際短編映画祭ブランデッド部門にて優秀賞を受賞。現在、幻冬舎plusにて育児エッセイを連載中。CHOCOLATE Inc.にてプランナーも務めている。
著書に『今日は、自分を甘やかす(ディスカヴァー・トゥエンティワン)』、 『口説き文句は決めている(クラーケン)』、『揺れる心の真ん中で(幻冬舎)』他。

photo|Shota Yokokura
interview・text|Miwa Goroku

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