THE ANIMAL SENSE

By Delphine de Swardt

議論を呼ぶ動物性素材

デルフィーヌ・ド・スワール

天然成分のほぼすべてが植物由来のものであるのに対し、動物性の成分はほんのひとにぎりにすぎない。しかし他ならぬそうした動物由来の物質こそがその特徴的で際立った香りをもって、二十世紀の香水業界に輝かしい栄光をもたらしたのだった。古代より調香に欠かせないものであったが、現在ではほぼ完全に調香師たちのパレットから消え去ってしまった。

動物性の原料は香水の黎明期から存在していた。本記事の取材協力に応じてくれた歴史家、アニク・ルゲレーは特にその主著『香り、その起源から現代まで』(オディール・ジャコブ社、2005年刊)によって知られているが、この主題に関して行ったインタビューのなかで、まずは次のようにコメントしている。「古代エジプトより、ワニ、カバ、雄牛といった動物たちの脂肪が香料として使われてきました。それらが神聖なる肉体から作られたものである以上、この時代において香水とは、それらの肉体が香水へと姿を変え、化身となった状態を意味するものでした。エジプトの神々はかぐわしい香気を放つとされ、同様のことは後のキリストに対しても言われることになります」。つまり動物性成分が当時の香水のレシピにとって必要だったのは、動物の血肉が持つとされる、ある種の象徴的な力ゆえであったということだ。「また香料の構成において、動物性成分は植物成成分の持つ特性を強化する、ブースターとしての役割も果たしています」と、そうルゲレーは補足する。

ルネサンス期になると、現代でも知られている素材にくわえ、「ミミズやサソリといった生きものの他に、猫、子犬、鳩といった動物から取られた血、さらにはクマやオオカミの脂肪などといったものも使われるようになります」。が、これらはあくまでも富裕な特権者階級に占有されていた。動物の肉も体液も、そうだ、ありとあらゆる分泌物が貴重な材料とされた。「動物由来のものには魔術的な治癒の力が宿っていると信じられていました。『ユニコーンの角』がその最たる例でしょう。もちろん実際には、それはイッカク[大西洋に生息する海洋哺乳類。角に見えるものは分類上は牙で、3メートルもの長さに達する]の角であったわけですが」。

さらに驚くべきことに、エジプトのミイラの一部が切り取られて使われていたという。ただしこちらは香料というよりかはある種の護符として、あるいは治療薬の調合に用いられた。何世紀もの時間を「無傷のまま」耐えぬいてきた肉体が、「精神の腐敗」に打ち勝つものとして重宝されたのだ。その需要は極めて高く、腐敗した無関係の死骸を使った偽造行為も横行した。これらを薬として飲むこともあったわけで、これはかなりたいへん危険な行いであると言えた。そのため医師たちは、パラケルススがそうしたように、処刑され死んだばかりの遺体を使うよう推奨したほどだった。隠れたカニバリズムがここに顔をのぞかせている。

エロスとタナトス

死と動物性香料の関係には深く考えさせられるものがある。動物性香料には最期の時が来るのを遠ざける力があると信じられていた。それゆえ「その力を得るために」動物は死に、犠牲となるのです、とアニク・ルゲレーは続け、また次のように強調する。「狩りをし、その結果として動物たちを死にいたらしめること、それ自体が儀式の中心なのです」。トンキン・ムスク(コラム「体のなかから来た6つの成分」も参照のこと)は6種類ある動物性香料のなかでも、特にその媚薬効果を始め、おそらく最も多くの効能を持つものと思われるが、これもまた狩猟と処刑の結果得られたものであるわけだ。有名な二項対立、エロスとタナトスの構図がここに見出される。「マメジカは現在条約によって保護されていますが、それでも中国の密猟者はかまわず殺し続け、バイアグラのような性的効能をもたらす薬の材料として利用し続けています」、そうルゲレーは非難をこめて指摘する。

動物から作られたものは集合的無意識のなかにある「魅惑の次元に働きかけるのです。神話のなかに語られる、あの香気をまとったヒョウが誘いこむような、誘惑の次元に」。アニク・ルゲレーがもうひとつの著書『匂いの諸力』(オディール・ジャコブ社、2002年刊)のなかで取り上げた神話だ。ギリシャおよびキリスト教の伝統では「あらゆる動物のなかで、ただヒョウだけが[...]先天的に良い香りを持つものであるとされた」と、そう同書のなかで彼女はこの神話を要約し、そして「この動物の良い匂いは、獲物を狩ること、魔法、そして恋の誘惑といった要素を同時に含むものであった」とした。この猛獣は獲物を虜にするために自らの匂いを積極的に利用すると、そう信じられていたからだ。

当時、フェロモンの存在はまだ疑われてすらいなかった。したがってここでは誘惑は、むしろある種の類感魔術として試みられることになる。この類感魔術に関しては、その前提事項を次のように要約することができるだろう。「英語のことわざに、『一度接触したものは、その後もずっと接触したままである』というものがある。これは換言すれば、ふたつの存在が接触したときに、基本的特質が一方から他方へと永久的に移るということを意味している」とアメリカ人心理学者、ポール・ロジンは自身の論文「類感魔術」(クロード・フィシュレ監修『食と魔術』所収、オートルマン社、1994年刊)のなかに記している。つまりライオンを食べたものはライオンになり、性的に活発な獣のエキスを飲んだものは(あるいはその香りをつけたものは)性的に活発になるということだ。それゆえに動物の血肉は性愛の媚薬に広く取り入れられ、性線からの分泌液が香水に添加されたのだった。

時代は下り、二十世紀始めになると動物性素材は香水の特徴そのものをなすほどになる。ムスク、アンバー、シベット、カストリウムが香水の成分として多量に含まれた。自身も調香師で、ベルサイユにある香水博物館・オズモテックの館長であるパトリシア・ド・ニコライは当時の香水が現在のそれとはまったくちがったものであることを認めている。「動物性素材はある種の心地良さをもたらし、香水に深みを与えます。そして何より当時の人々の鼻はそれに慣れていたのです。よくご年配の方々が過去を懐かしむような感じで、最近の香水はあまり香らない、往時のようなまろやかさや濃密さもない、と嘆く理由はそこにあります。反対に、若い人々はオズモテックにオリジナルのフォーミュラが保存されている古い香水の、そこに含まれた動物性香料のそのあまりの濃密さにショックを受けるのです。『ジッキー』を例に挙げるとすれば、オリジナルはシベットの香りがかなり目立つものとなっています。当時は、このシベットのような動物性香料の持つ効果を指して『保留剤(fixateur)』と呼んでおりました。つまりこれらの働きによってベースとなる香料が揮発しにくくなり、さらにそこに力強さも加わります。ですが、ひとつの成分が決してひとつの役割にとどまるものではないということはご存じかと思われます。同じように動物性原料も、『結合剤(liant)』とでも呼ぶべきもうひとつの効果を持っていました。ジャック・ゲランはよくこう言っていたものです。『アンバーグリスを使うということは料理にクリームを付け加えるようなものである』と。つまり動物性原料によって香りはより強固に結びつき、より調和の取れたものとなるのです」。したがって動物の血肉こそが香りにボディを、すなわり深みと具体性を与えているのだ。

「ジャック・ゲランはよくこう言っていたものです。『アンバーグリスを使うということは料理にクリームを付け加えるようなものである』と。つまり動物性原料によって香りはより強固に結びつき、より調和の取れたものとなるのです」

新たなる動物性

またパトリシア・ド・ニコライは、動物性素材は現在許可されているものに関してもだんだん入手が困難になってきていると明かす。需要の低下と倫理上の問題から、調合会社各社もじょじょにこれらをカタログから削除していっているという。まだ取り扱っている企業においても「再入荷までの間隔は長く、在庫がいつまでたっても補充されないこともあります」。なので、と彼女は続ける。「今なおシベットやカステリウムを使って仕事をしている調香師たちにとっては、今後ますます作品を作り続けることは困難になることでしょう」。

多く議論を呼んでいるこれらの成分はもはや使用されていないか、されていたとしてもその使用量は減少した。その結果新たな代替物として、自然由来だが動物的な香りを持つウードに注目が集まるようになったのだ。ウードは細菌に感染した木で、その感染への反応として香りのある樹脂を分泌する。つまりここでは動物的なものが植物へと移植されているのである。あるいは動物と植物とのハイブリッドとでも言うべきか。中東において高い人気を誇り、2000年代にヨーロッパの市場に入ってきた。パトリシア・ド・ニコライが留保をつけるところによると、始めのほうこそ調香師たちは「西洋での自分たちの顧客がそのような変わった匂いをかいでショックを受けてしまうのではないかと恐れていました」ということだが、しかし結果的に彼らが成功を博したことは、このウードが西洋においてもひとつのトレンドを確立したことの証左となっていると言えるだろう。

このトレンドはヴィーガニズムの台頭と期を一していた。改めて確認するまでもないかもしれないが、ヴィーガンとは「動物由来の成分をいっさい含まず、動物由来の技術的用剤をいっさい必要とせず、いかなる形であれ動物実験を行っていない」製品を指す。そのような定義を認証ラベルのひとつ、イヴ・ヴィーガン(EVE VEGAN)は定めている。ヴィーガニズムは全般的な運動へと波及した。以前ともなれば皮膚や目への安全性を確認するため動物実験が行われていたが、ここ10年間のあいだに、欧州化粧品規制においては動物性成分の不使用と合わせこの動物実験の廃止も法制化する動きへと向かいつつある。

周到に構成された合成ムスクは、ムスクの名がついているが実際にはムスクを含まず、その香りは清潔さをイメージさせた。

時代はヴィーガン香水に?

「動物由来成分不使用の香水を作らなければならないというプレッシャーをブランド各社はますます強く感じています」と、IFF(インターナショナル・フレイバー・アンド・フレグランス)社でマーケティングおよびブランディングディレクターを務めるジュディス・グロースは強調する。IFFの系列であるLMR(ラボラトワール・モニク・レミー。天然由来成分に関する研究開発に特化したラボ)でもヴィーガン認証を得るための手続きが随時進められているという。そのヴィーガン香水についてグロースがいくつかの例を紹介してくれたところによれば、「2018年にロリータ・レンピカから発売された同ブランドで初めてヴィーガン認証を受けた香水『モンオー』」、そして「美容・衛生用品業界ではヘンケル社がNAEを立ち上げました」。NAE(Naturale Antica Erboristera:「天然古来のハーブ製品」を意味するイタリア語)、エコサート製品およびヴィーガン製品に特化したオーガニックブランドだ。ここでは商業的問題ばかりが争点となるわけではなく、そこへさらにモラルの問題も関わってくるのが特徴的なところだ。ジュディス・グロースはこれまでブランド各社が発注先であるIFF・LMRに動物性成分の使用を止めるよう求めてきたことは一度もないとしているが、一方調合会社のほうは認証を得ることに意欲的で、LMRのカタログからはローズ、カシスの芽、イラン、ベチバー、ゼラニウムなど、90種類の成分がイヴ・ヴィーガン認証を受けるにいたった。「合成成分に関して言えば、ほぼすべてが『ヴィーガン対応』となっております。といいますのも、合成成分は動物実験を必要としないからです」とグロースは補足する。「ですが厄介な問題となってくるのは、ブランドが商品を中国市場に投入しようとする場合です。中国の法律では事前に動物実験をすることが義務づけられているのです」。そのため多くの認証ラベルは中国で商品を展開しているブランドに対してはヴィーガン認証を与えることを拒否し、そうすることでそれらブランド各社に対し世界的に一貫した方針を取るよう、すなわち国や地域ごとで異なる方針を取ることのないよううながしているのである。

そしてヴィーガニズムはもはや香水をめぐる言語までをも支配している、とさえ言えるかもしれない。例えばインドールの香りを持つ花があったとしよう(インドールは化合物の一種で、花のなかにも自然に含まれている。その含有量が少量ならジャスミンに似た香りを持つが、その濃度が高くなると動物の糞を思わせる匂いを示す)。この花の香りを描写しようとするとき、それを「動物的だ」と表現することはなお許されるのであろうか? ということだ。くだらない問題に聞こえるかもしれないが、国際香粧品香料協会(略称:IFRA。香水業界の自主規制団体だ)を含む一部の専門家たちのあいだでは波紋を呼んでいる。実際ヴィーガニズムにグレーゾーンはなく、決して例外が認められることはないだろうから。

精巧なる再現

とはいえ動物由来の言葉である「ムスク」や「アンバー」といった語が消え去ってしまうということもまた想像しづらいのではないか。むろん、香水業界における語彙のなかではいまだ健在だ。素材それ自体を指すのはもちろんのこと、それを思わせる、似たようなノートを言う場合にも、さらには対応する代替品を指す場合にもこれらの言葉は使用されている。実際それらの代替品は数多く存在している。長きにわたり(特定の嗅覚的テーマをもとに構成された、天然成分および/または合成化合物の混合香料である)「ベース」が、本物の動物性素材よりも安価な代替品としての役割を担ってきた。シナローム社(ナクティス・フレイバーズのグループ会社)による「アニマリス」や「アンブラローム・アブソリュート」がその例だ。これら「ベース」だけでなく合成単一分子も代用品として使われてきたが、今日においてはこれらの代替品の目的は、コスト面というよりかはいかにしてオリジナルに近い再現をするかという方向へと変わりつつある。

特筆すべきはIFFの調香師ドミニク・ロピオンとファニー・バルがトンキン・ムスクの構成成分を5年にわたり研究し、分子を組み合わせて、オリジナルに忠実な、それもかつてなかったほどの精度で再現された素材を開発したことだ。まさに新たな段階に到達したと言うべきだろう。周到に構成されたこの合成化合物には「ムスク」の名がついていながらも、そのムスクはいささかたりとも含まれていないのである。「ホワイト・ムスク」と名づけられたこのムスクの香りは、清潔さをイメージさせた。オズモテックではムスクの3%の浸出液が今も保管され、パトリシア・ド・ニコライはその香りをかぎながら「相も変わらず素晴らしい」とコメントするが、このような本物の動物性原料の匂いをかいだことのない若い世代の調香師たちにとっても、上記のごとき再現技術の登場は良い契機となることだろう。

したがって、確かに天然の動物性原料は調香師のパレットから消え去りつつあるが、それらはオリジナルをほうふつとさせる複製品として絶えることなく開発し直され、更新され続けている。このようなオリジナルの再現こそが今日の香水業界を特徴づける調べをなし、もはや香水を制作するにあたってこれらの存在が不可欠なものとなっているほどである。意識のレベルであれ無意識のレベルであれ、このような動物的香りは、われわれ人間があくまでも動物の下位分類にあたる存在にすぎないということを改めて思い出させてくれる。

「体のなかから来た6つの成分」

排泄物あるいは性と関わりがあるものとして、これらの成分は嫌悪と魅惑、その両方の対象であった。希釈や加工が必要となり、そうすることで崇高なる香りが立ちこめる。これらの成分は理論的にも歴史的にもわずか6つであるとされ、そのうちのいくつかは今日ではほとんど手に入らず、うちひとつは禁止されたものですらある。成分を得るためには必ずしも動物の死や苦痛をともなうわけではないものの、それらを使用することに関してはいまだ多くの議論を呼んでいる。

「ムスク」

先ほど触れた、使用が禁止されている成分というのはムスクのことである。別名トンキン・ムスクといい、アジア原産の麝香鹿から得られるものである。この物質は発情期を迎えた雄の腹部にある性腺から分泌され、これを採取するには殺さなければならない。この麝香鹿は乱獲により個体数が激減しており、現在はワシントン条約(CITES:絶滅の恐れのある野生動植物種の国際取引に関する条約)により保護されている。本来野生である麝香鹿を飼育することによりムスクを人工的に養殖することも試みられたが、かんばしい結果は得られなかった。この成分は非常に強力で温かみがあるとされ、しばしばブラックコーヒーの香りに例えられるが、実際にそれをかいだことのある人はほとんどいないはずなので、多くの人々はただその言葉を信じるしかない。

「アンバーグリス」

アンバーグリスあるいは龍涎香(リオネル・パイエスの記事も参照されたい)は、マッコウクジラの腸内で作られる塊状の物質である。自然に排出されるが、かなりの時間を海の上で漂流し、浜辺に打ち上げられると特有の匂いを放つようになる。クジラによって食べられたイカのくちばしが体内で消化されないことからこの物質が生まれるとされる。消化管に残存したイカのくちばしが腸内を刺激し、それによってこの結石の前駆物質が分泌されるのだ。アンバーグリスの使用はその稀少性と法外な価格ゆえ制限されている。

「シベット」

シベットはエチオピア原産の、同名の猫科動物から得られる成分である。西アフリカで捕獲され飼育される。肛門腺を掻爬することで得られるこの粘性のある分泌物は、始めこそ排泄物の匂いがするが、アブソリュートにされると年代物の毛皮を思わせるフローラルなニュアンスを香らせるようになる。当該動物への配慮から、シベットの使用はじょじょに廃止されつつある。

「カストリウム」

カストリウムあるいは海狸香はその名の通り、ビーバー(カストール)から来る物質である。ビーバーは毛皮に防水処置を施すために、そして縄張りにマーキングをするためにこの物質を生成する。カナダやロシアで繁殖過多となり、個体数を調整する目的から狩猟が許可されている。カストリウムのアブソリュートは香水のなかで使用され、特にレザーとオリエンタルのアコードを構築するために用いられる。またバニラの香りを再現するための、食品の香料としても使用される。

「蜜蝋」

溶媒抽出またはエタノール抽出によって、蜂の巣を構成している蜜蝋の板からアブソリュートを取得することができる。文字通り蜂蜜のような匂いのこの成分は、チョコレートの香りにも似ており、あるいはカシスやエニシダといった花の香りにも例えられ、フローラルなブーケを強化する。

「ヒラセウム」

香水に使われることはほとんどないと言ってよいだろう。この物質(「ゴールデン・ストーン」「アフリカン・ストーン」と呼ばれることも)は南アフリカに生息するげっ歯類、ハイラックス(別名ケープダマン)の尿が化石化したものである。アルコールによる抽出と希釈を経た後、シベットに似た匂いを持った香料となる。

翻訳:藤原寛明

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