FROM THE NOSE TO THE MOUTH

By Sarah Bouasse

美味しい、はいかにして作られるのか

サラ・ブアース

ポテトチップスの「チキン味」、ヨーグルトの「イチゴ味」、さらには歯磨き粉の「ミント味」など、私たちが日々口にしている商品の風味にはあまり人々の目には留まることのないある職業の仕事が大きく関わっている。食品香料の専門家である「アロマティシャン」である。彼らに対し多国籍企業が求める要望と、近年ますます自然志向の高まりを見せる世間から寄せられる期待とのあいだには、ときに矛盾としか言えないような大きな乖離も見られる。そんななかでも彼らは何とかバランスを取るべく奮闘している。

「彼らは鼻と呼ばれているから、じゃあ君は口だね!」。いつの日か友人が言った冗談を思い出しながら、ヴェロニク・ジャンボヴェは微笑を浮かべる。マン社でアロマティシャンを務める彼女に対し、その友人は彼女の職種と調香師との関係をそんな風に例えたのであった。食品香料としてのアロマが体に入っていくのが口からであることを考えれば、その友人の言うことももっともだ。とはいえアロマがその本来の役割を果たすのはあくまでも、そのアロマを構成する匂い分子がレトロネーザル経路を通じて嗅覚受容体と接触したときである(このレトロネーザルについてはベアトリス・ボワスリーによる記事にも詳しい)。だがこの「アロマ」とはそもそも何なのか? フランス食品香料産業組合(SNIAA: Syndicat national des ingrédients aromatiques et alimentaires)の定める定義によれば、アロマとは「ごく少量で特定の味、および/あるいは香りを食品に対し付加する成分」のことを指す。私たちが食し口にするものに対し感じる感覚のことは一般に「味」と、そうやや誤用的に呼びならわされているわけであるが、アロマがその「味」に対し影響を与えることができるのもまさにレトロネーザルによって口腔と嗅覚がつながっているおかげなのである。そう考えると最終的に仕上がる製品のなかに0.1%から2%の割合で含まれているとされているこのアロマが何よりもまず香りの領分にあるものであるということが納得されよう。アロマティシャンたちは香料会社に雇用されている。私たちが普段つけている香水の製造も担っているその香料会社に、同じく勤めている同僚の調香師たちと比較して、しかしアロマティシャンは一般にはほとんど認知されていないと言っても過言ではない。だが料理などに不可欠な「味」をデザインしている点において、アロマティシャンもまた調香師と負けず劣らず私たちの日常生活に彩りを添えている存在であると言えるだろう。それにキッチンだけにとどまらず、バスルーム、さらには電子タバコのなかにまで彼らの仕事は見出され、そんな風に日常生活を見渡してみればアロマがいたるところに偏在している様を見て取ることができるにもかかわらず、高級フレグランスに並ぶ名声にあずかることはおろかその重要性もほとんど認知されていない有様なのである。そのような過小評価とは裏腹に、世界的香料会社のフィルメニッヒにおいてはアロマによる収益が39億スイスフラン(35億ユーロ)と全体の40%を占め、彼らの働きが極めて重要な地位を占めていることが分かる。

このスイスの大企業においても競合他社においてもアロマティシャンの業務は高度に細分化されている。ざっくりとした区分としては、まず「スイート(甘味)」と「セイボリー(塩味)」で分けられる。前者のカテゴリーには飲料や乳製品、ビスケット類、キャンディを始めとした糖菓や口腔衛生用品といったものが含まれ、そして後者においては肉類およびその加工品、調理済みの惣菜やマーガリン、つまみ用のスナック類などがそれにあたる。所属する会社の規模にもよるが、アロマティシャンたちの担当領域はこれよりさらに細分化される場合がある。それが小規模の会社なら領域を超えていくらかオールマイティに動くこともあり得るが、大企業になればなるほど業務は専門分化し、例えば乳製品だけを専門で扱ったり、バニラなど特定のノートにだけに特化した専門家もいる。なぜこれほどまで細分化される必要があるのかというと、アロマを付加する対象としてのベース素材にはさまざまな種類があり、その種類ごとに技術的要件も大きく異なるからだ。そう答えてくれたのはマン社で甘味部門のアロマティシャンを務めるマルゴー・カヴァイエスだ。なおこのベース素材のことを、業界用語では「マトリックス」と呼ぶ。「高級フレグランスはアルコールによって希釈されるためそれを作る調香師はその特性を考慮に入れる必要がありますが、同じ調香師でも例えば腐食性のある素材を用いてスプレー洗剤などのホームケア用品を開発する調香師とでは考慮すべき要件も受ける制約もまるで異なるわけです。まさに同じことがアロマティシャンにも言えます。飲料においては安定性が必須事項となるため溶解性や透明性といった基準が重点的に考慮されますが、それに対しビスケット類に関しては焼くという工程が入るためまた別の要件が生じることになります」。

1年がかりの仕事、長いか短いか

アロマティシャンたちの日々の業務はマトリックスによって大きく左右されることになる。それほどマトリックスは重要であるということだ。調香師のマトリックスはアルコール溶液である。ゆえに彼らは自身の作った香りを希釈して容易かつ迅速にその内容を評価することができるわけだが、そんな風にムエットを片手にたたずむ彼らとはちがって、食器を持ちながら仕事をすることすらしょっちゅうのアロマティシャンたちにとってはそう簡単にはいかない。試作品をささっと手早く確認したいときには塩水やシロップ入りの水で簡単に味見することもできるが、やはり最終的には商品として想定される実際のマトリックスを使用して試す必要が出てくる。そこでアロマティシャンは、自分と同じ部門で働く応用技術者に協力を求めるのである。「例えば私が、アイスクリーム用のバニラのアロマを作ろうとしているとしましょう」と、そう話し始めるのはシムライズのシニアアロマティシャンのエマニュエル・ボンヌメゾンである。「試作品がいくつかできた段階で、技術者たちがマトリックスとしてのアイスクリームを用意します。そこへ私の作ったアロマを加え、皆でいっしょに試食します。彼ら技術者は製品そのものはもちろんのこと関連する工業的プロセスも熟知しておりますので、そんな彼らと意見交換することが次なる試作への調整に役立つのです」。

工程こそ複雑ではあるものの、アロマの開発に必要な試行回数は香水のそれと比べはるかに少なく、多くても50回を上回ることはなく、逆にたった2度ですむ場合もある。また開発期間も短い。クライアントの依頼から最終的に製品が市場に出るまで平均して1年程度ですむのに対し、香水の場合は2年から3年を要する。ただしあくまでも例外的なケースだが、今回取材したアロマティシャンのひとりが担当した飲料開発の案件に実に10年もの歳月を要したものもあったという。

アロマの開発に必要な試行回数は香水のそれと比べはるかに少なく、多くても50回を上回ることはなく、逆にたった2度ですむ場合もある。

オーダーメイドかプレタポルテか

香水の場合と同じく、アロマの依頼書(ブリーフ)もまた営業担当を通して香料会社に届く。要求される嗅覚上の特徴は言うまでもなく、香料の付加対象である製品の詳細や、ターゲットとされる市場、望ましい価格や規制上の制約など、それらの内容がその依頼書には事細かに記されている。上記を吟味したうえで担当部署は、社が有する既存の香料ライブラリのなかに依頼内容に合致し、かつ提供可能な香料があるかどうかをチェックする。その自社ライブラリには過去に販売されかつ独占契約を結んでいない(そうでないものは他のクライアントに提供できない)あらゆる香料がラインナップされており、そこへ新たな香料が開発されるごとに随時更新されていく。

「このデータベースの管理は各香料カテゴリーのポートフォリオマネージャーが担当しています」とエマニュエル・ボンヌメゾンはコメントする。「ポートフォリオにはあらゆるアロマが、香りの特徴、対象市場、製品カテゴリー、その他の特記要件(例えば超高温加加熱処理、ハラール、コーシャなどがそれにあたります)などによって分類分けされています」。

多くの場合、依頼書の求めている香料はその膨大なデータベースのなかにすでに存在している。そのことが確認されると依頼書の要件に合わせた基材を用いてテストされ、必要な調整が施されたうえでクライアントにサブミットされるのである。現在ではほとんどの依頼がこの方法で処理されており「このように既存の香料が最大限に活用されるシステムが構築されているため、新規の開発が必要となる案件はますます減少していくことになるでしょう」とそうエマニュエル・ボンヌメゾンも述べている。

とはいえ一部の依頼には、やはり新たな香料の開発が必要となってくる。その場合、アロマティシャンはクライアントと直接コンタクトを取りやり取りを行うことになる。これが香水の開発であったら「エバリュエーター」と呼ばれる職種が依頼元となるブランドと調香師とのあいだのやり取りを取り持ちコーディネイトするのが通例だが、アロマティシャンにはそのような仲介役はつかない。とはいえ開発が孤独な作業に陥ることはまったくなく、アロマティシャンはコンシューマー・インサイト(CI)部門からのサポートを十全に受けることができる。このセクションは元はそれぞれの依頼に対処したり市場の動向をもとに香料ライブラリを補完する役割を担う部署であったが、今や開発全般に対し大きな影響力を持っている。「CIとは文字通り、消費者たちの声を開発ラボに届ける役割を担っています」と、IFF(インターナショナル・フレイバーズ・アンド・フレグランシズ)のアンヌ・ベスナールはまずはこの部門のことをそう要約する。また同氏自身、ヨーロッパ・アフリカ・中東エリアにおけるセンサリー&コンシューマー・インサイト部門の担当でもある。「私たちが開発チームに働きかける目的や内容は開発の進行状況によって異なります。まずはまだ開発前の段階においては、クライアントや市場からのメッセージから読み取れる明確なニーズや潜在的な期待を伝え、それに対する理解を高めるサポートをいたします。

そして開発中においてはアロマティシャンがこのニーズや期待を満たすための最適な回答を導き出せるよう、方向性を探る手助けをします。そして最後には、アロマティシャンが開発の成果として複数の試作品を完成させた際の選定段階になるわけですが、どれが消費者に最も受け入れられるかを評価し判断いたします」。

これと並行して、アロマティシャンは規制部門とも密に連絡を取り合わなければならない。食品業界における複雑かつ厳格な、しかも各国で異なり絶えず変化し続ける法規制の確認と手間のかかる裏取り作業があって初めて、きちんと法令に準拠した製品を開発することが可能になるのである。こうした数多くの手続きやプロセスを経て、ようやく香料は完成し販売されることになる。ロット数は需要によって異なり、10キロ単位から数百トン単位におよぶこともある。また提供形態も多岐にわたり、粉末、液体、カプセル、ビーズ、結晶など、およそ100種類もの形式がある。

具体性という命題

アロマティシャンと調香師を比較する誘惑にはやはり抗しがたい。実際このふたつには職業上の共通点も多いし、(特にベルサイユのイジプカ出身者など)学歴にも近いものがある。香料会社に入社した後は彼らはともに社内研修機関で教育を受けた後、共通の香料パレットを用いて業務にあたる。ただしよく知られているように、ここで例外となってくるのは合成分子である。自然界には存在しない合成分子は調香師の創造性にはもはや不可欠なものと言ってよいだろうが、かたやアロマティシャンはほとんどこれを扱わないのである。

これはほんの一例にすぎず、このふたつの職種における配合へのアプローチ方法には根本的なちがいがある。「私には調香師の友人がおりますが、彼らが依頼書を受け取るとき、その内容はいくぶん抽象的で、受け取る側の解釈の余地も広く残されています」、IFFシニア・アロマティシャンのジャン=フィリップ・フルニオルはそう証言する。「対して、イチゴ味のアロマは常にイチゴ味でなければなりません。食品に関するノートにおいては特にそうですが、若干の自由こそ許容されるとは言え、食材としての基準を保持したうえでかつ自然に見せるよう努めねばなりません。

高級香水においては抽象的な表現が広く認められるものの、アロマにおいては常に具体的であれという至上命題から逃れることはできない。「それは絶対的な命題です」とアンヌ・ベスナールは強調する。「技術的な品質もさることながら、アロマは、消費者がこの味だ、とすぐに分かるような特徴を備えていなければなりません。消費者にとって、それが本物のフルーツ、本物のチキン、本物のチーズと思わずにはいられないようなものでなければならないのです」。いくつかの例外こそ存在するものの(「現実離れした味」すなわち「ファンタジー・フレーバー」と呼ばれるものだ)、取材先の人々もレッドブルなどのエナジードリンクやコカコーラくらいしか例を挙げられなかったように、いずれにせよ非常にまれだ。この、本物らしさの基準に忠実であれ、という要求は、ある意味では確かにアロマティシャンの創造の枠組みを明確に規定するものであるが、だからと言って決して彼らの自由を制限するものではない。どういうことか。

ヴェロニク・ジャンボヴェはビスケット・糖菓カテゴリーと口腔ケアカテゴリーを兼務している。後者のセクションにおいては「ほぼミントだけを」扱っているとのことであるが、「とはいえ、ミントにもさまざまなバリエーションがあるのです! それにスパイスや香草、柑橘類などのアクセントを加えることで、『ミント』としての特徴を損ねることなく表現の幅は格段に広がります」。一方エマニュエル・ボンヌメゾンは、オレンジブロッサムやアニスのような「はっきりそうと同定できないがぼんやりと感じ取れる」ノートを挙げる。それによって彼女の専門であるバニラにちがいを持たせ、表現領域を拡充することできると彼女は語る。

だが何よりもアロマティシャンの創意を制約すると同時に刺激しているのは当然ながらクライアントからの要望であり、それは素材選びの段階からすでに始まっていると言えよう。例えばバニラは、イチゴ、チョコレート、チキンとともに世界で最も売れているアロマであるが、このバニラフレーバーは今日では4つの成分によって再現可能である。高価なものとして知られるバニラエッセンスはバニラのさやから抽出される。最もバニラ的な香りを持ちバニラの匂い特性を定義する分子、バニリンはもちろんバニラのさやのなかにも存在するが、次のふたつの方法によっても取得することができる。すなわちバイオテクノロジーによって得られる天然バニリンと、化学合成によって得られるが「ネイチャー・アイデンティカル(天然物と同一の化学構造を持つ)」な、合成バニリンである。そして最後の4つ目のエチルバニリンは、自然界には存在しないという意味で「人工的な」合成分子である。アロマティシャンはこれらの選択肢をクライアントからの要望に応じて使い分ける。クライアントがパッケージに「天然バニラ香料」と記載することを望んでいるのであれば、少なくとも95%の成分がバニラのさやから得られたエッセンスである必要があるし、残りの5%も天然由来のものでなければならない。一方「天然香料」と記載する場合はエッセンスの使用は必須ではないが合成バニリンとエチルバニリンは天然ではないため使えない。そして単に「香料」とだけ記載する場合は4つ成分のうちどれをどのような割合で使っても構わない。これらの結果として、香料の価格には大きな差が生じることになる。キロあたり5ユーロほどになることもあれば、純粋なバニラエッセンスともなればキロあたり5,000ユーロは下らない。

スペインでは青々としたフレッシュなイチゴのアロマが好まれるのに対し、ドイツではもっとねっとりとしていてジャムのようなイチゴが、そしてフランスではその中間が好まれる……。

地域的な十人十色

また製品が投入されることになる市場も、考慮されるべき重要な要素となる。というのも例えばイチゴ味と聞いて、スペインの消費者とドイツ、あるいはフランスの消費者とでは思い浮かべるものがちがってくるからだ。すなわちスペイン人が青々としたフレッシュなイチゴのアロマを好むのに対し、ドイツの消費者はもっとねっとりとしていてジャムのようなイチゴを、そしてフランス人はその中間を好む、といった具合に。いささか恣意的である印象は否めないものの、これらの感覚的差異は現実の食習慣を反映していると判断するに足るものがある。アンヌ・ベスナールはマンゴーを例に挙げ、アロマが付加される食品の種類によっては、求められる香りの特徴が市場ごとに大きく異なるものがあることを指摘している。「フランスで食されているマンゴーはほぼアフリカ産です。アフリカ産のマンゴーには硫黄と花の香りがあり、これはインド産のマンゴーのそれとは大きくかけ離れています。このちがいは必ず考慮されなければならない点です。このちがいを踏襲した香りづけを行わなければ、消費者はそれがマンゴーの香りだと認識できなくなってしまうからです」。

同じ国内でも製品に対する期待が大きく異なることもある。フィルメニッヒの営業担当を務めるニコラ・メールはある有名コーヒーメーカーの製品を例に挙げる。そのコーヒー会社はスイス国内だけで少なくとも7種類以上のインスタントコーヒーを出している。各地域ごとに異なるレシピが用意されているのである。実際、スイスはフランス、イタリア、ドイツと複数の国に隣接し、それぞれの影響を受けやすいため、物によっては消費的習慣にはかなりのばらつきが見られる。

「一時期、同ブランドはコスト削減のため1種類だけにしぼってスイス国内に提供することを目論みましたが、すると売り上げが40%も下がってしまったのです! 結果的に同社はまたそれぞれの地域ごとのアロマを再導入せざるを得なくなりました」。

香水の世界では世界的な大ヒットというものが存在する一方で、上記のごとく文化のちがいに左右されるアロマの成功は、決してその文化の枠組みの外へまで出ていくものではない。グローバリゼーションによって地球上の習慣や嗜好が均一化されつつあるのは事実かもしれないが、食文化にはいまだ強い地域差が残されており完全なる統一にはほど遠い。その規則から逸脱する唯一の例外はコカコーラであろう。あらゆる感性に対応可能な同商品は、万能的であるがゆえに具体的イメージを欠いた、奇妙に抽象的な存在と言えるだろう。

もっと自然を!

それまで未知だった新奇な香りの発見が香水業界のトレンドを作ることがある一方で、アロマという分野のトレンドは社会の変化に結びついている。まさにその社会の変化こそが食品業界そのものに揺さぶりをかけ影響を与えるからだ。今回の取材協力者たちが皆口をそろえて言うのは

「ベジタリアンブーム」がここ数年で業界を一変させたことだ。雑穀ハンバーグや植物性ミルクといった新たなるマトリックスの登場を受けていくつかの香料会社では早速専門チームが編成された。「これらの基礎素材はただでさえ複雑なうえ多分に『オフノート』(不快な香り)が含まれていることが多いため、どうしてもその匂いを覆い隠す必要が生じてくるのです」とニコラ・メールが補足する。「官能香料(arômes hédoniques)」と呼ばれる味わいに快楽性を持たせるアロマに加えて、「機能香料(arômes technologiques)」という目立った欠点を目立たなくしたり逆に足りないものを補うためのアロマが使われることも多いという。

昨今におけるこの自然志向ブームは、クライアントから発注されるアロマの要件書にもしっかりと反映されている。「クライアントから求められる自然志向もまたとどまることを知りません。もはや『香料』の表記さえ外すことを要求されるレベルです。そうなるとこちらとしてはもうエッセンスしか使えるものがありません」とマルゴー・カヴァイエスは証言する。香水業界においても確認されるこのような自然素材への強迫観念じみたこだわりは、しかしながら限りある地球の資源とは両立不可能なものである。かたや当の自然派たちは地球の保護を謳っているのだからこれはもうひとつのパラドックスと言う他ない。「今や誰もが自然やオーガニックを求めていますが、この星が無限にそれを供給できわけではないのです」とニコラ・メールは嘆く。「イチゴのエッセンスを1リットル得るためにはおよそ2トンものイチゴが必要となります。つまりこれはどういうことかというと、たとえ世界中のすべてのイチゴを一箇所にかき集めたとしても、ただドイツ一国の需要に応えるのがやっとということなのです」。

皮肉はもはやとどまることを知らない。その極地は、今や消費者たちにとって添加物であるアロマの味こそが「本物」になってしまっているということだ。味覚がアロマという擬似的なスタンダードによって改変され、その味こそが食材本来の風味であると誤認してしまっているのである。「自然を求めておきながら、いざエッセンスを提示すると拒否反応を起こされるなんていうこともしょっちゅうです」とエマニュエル・ボンヌメゾンは訴える。「今や多くの人がチェリー本来の味を忘却してしまっていると言えるでしょう。もともとチェリーにはアーモンドに似た『種っぽい』風味が微量に香るノートが含まれていますが、チェリー味を表現するアロマにはそのノートを強化するためにベンズアルデヒドという分子を用います。消費者たちはそのベンズアルデヒドの風味こそがチェリー本来の味であると、つまりそのようなデフォルメされた味こそが本物であると信じこんでしまっているのです」。しかし消費者の味覚改変の原因がそのようなアロマではないとしたら、あるいはそれは次のような、農産加工物業界のやむにやまれぬ事情が関係してくる場合もある。「今や本当の桃の味を知っている人はどれくらいいるのでしょうか?」とそう自問したうえでジャン=フィリップ・フルニオルは次のように続ける。「しっかりと熟した桃を木から取って食べたことのある人なら、輸送時間に耐えられるよう早摘みされたスーパーに並ぶ桃とはいかに味わいがちがうかが分かるはずです」。

ありがちな結論かもしれないが、結局のところすべては教育の問題だと言う他ない。「人々の舌を誤った方向へ導いていると私たちはしょちゅう非難されておりますが、私に言わせれば……」とジャン=フィリップ・フルニオルは次のように言葉を継ぐ。「私に言わせれば、ただ私たちは消費者からの期待や要望に応えているだけなのです。ここまでのお話から彼らがいかに矛盾に満ちているかがお分かりになるでしょう。年間を通して変化なく厳密に同じ味がするもの、それこそが消費者が商品に対し求めていることであり、アロマはただそれを実現しているにすぎません。仮にすべての製品に対し自然をお望みならば、自然食材というものには季節によって旬や移り変わりがあるものであり、ゆえに時期によって手に入るときや入らないときがあり、味にもばらつきがあるということをきちんと了承していただく必要があるでしょう。以上のことは消費者たちがご自身で料理をしたりレストランへ行ったりする習慣があれば言わずとも理解できようものかと思うのですが、スーパーへ行って産業製品を買うだけなら、まあ無理もありませんね。若い世代は確かにエコロジーであったり、あるいは現代の生産方法が環境に対して与える影響に対し敏感になってきているようですが、そのような姿勢が実際彼らの消費活動に反映されているのかどうかまでは定かではありません」。仮に食品業界が透明性や教育を重視する方向へと動き出せば、この難しそうだが誰かが対処しなければならない変化に対し、アロマティシャンたちは重要な役割を果たせるのではないか。

翻訳:藤原寛明 

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