ADDICTIVE SUBSTANCES

By Éléonore de Bonneval

麻薬捜査犬、選ばれし嗅覚動物

エレオノール・ド・ボヌヴァル

彼らは玉ねぎを載せた貨物のなかからコカインを見つけ出すことができる。警察にとって犬は 得がたいパートナーだ。その並はずれた嗅覚は訓練によって磨かれる。そしてその訓練は麻薬探 知をひとつのゲームに変えるかのような方法で行われるのだ。

獣医師マリー・エスタンによれば、フランス国家憲兵隊が麻薬捜査犬を初めて導入したのは1976年のことだった。当時は6頭だったが現在では約200頭がフランス全土で任務にあたっている。1995年に発効したシェンゲン協定の適用により、ヨーロッパ間の国境が物品の自由な移動に向けて開かれた。すなわちそれは麻薬の密輸をも容易にしてしまうことを意味していたわけで、より厳重な監視を行う必要にせまられた税関は、かくして麻薬探知犬の採用を急いだのであった。探知犬は驚くべきパフォーマンスを発揮する。学習能力に優れ、異なる10の匂いを正確性を保持したまま識別することができる。始めは大麻の捜査にのみ運用されていたが、20年ほど前からコカイン、ヘロイン、アンフェタミン、(別称として、ヤーバー、アイス、クリスタル・メスなどといった名でも呼ばれる)メタンフェタミンといった物質の探知に向けても訓練されるようになった。

「4つの犬種が群を抜いています」とこちらも獣医師のイヴ・ドミュリエールは語る。「ラブラドール、ジャーマンシェパード、ボーダーコリー、そしてベルジリアンマリノアです。そしてこのベルジリアンマリノアだけで、運用中および訓練中の探知犬の半数以上が占められています」。なおこれはフランス国内での話で、一方イギリスの警察組織では「主にイギリス原産の狩猟犬が選ばれていいます」とのことである。

犬が麻薬捜査に適しているのは、その嗅覚が人間のそれをはるかにしのぐ力を有しているからだ。犬の嗅粘膜には実に2億個もの嗅覚受容体が含まれているが、人間においては約500万個にとどまる(『Nez#7』収録「動物としての人間」および「さまざまな嗅覚動物たち」にも詳しい)。犬は視覚よりも嗅覚の動物であると言え、そのことはイリット・ガジットとジョセフ・ターケルが『応用動物行動科学』誌に発表した研究において、探知犬が日の光のなかと暗闇のなかで同様のパフォーマンスを示したとする報告からもうかがえるだろう。さらに同研究では同じエリアを複数回探索するよう探知犬にうながすというケースも紹介されているが、最初に匂いの出どころを発見した地点へ考えなしに向かうようなことはせず、あくまでも自らの嗅覚を頼りに行動してみせたという。

わずか少量の手がかり

しかしながら探知犬にも困難はある。そのひとつは嗅覚を通して知覚した匂い分子を空間上に置き換えたうえで把握し直し、集中力を維持したままその痕跡を見失わないようにすることがいかに難しいか、ということである。犬は匂いを発する物質と鼻腔内の受容体との接触を確保するために、くんくんと鼻を鳴らしながらその匂いをかぐ。「この動作によって乱流が生じ、空気が撹拌されることで匂い物質と粘膜との接触が増加するのです」と、国家憲兵隊犯罪捜査研究所所属の士官および化学者のヴァンサン・クズエルはそう解説する。さらに犬は息を吸いこむ際、「鼻の前面に位置する地面から巻き上がった空気の層を取りこむことにより、鼻先に広がる数センチメートル、あるいは数デシメートルの嗅覚的地図を自らのなかに構築することができるのです」と、そう補足するのは『誘惑するためには良い匂いである必要はあるのか』の著者として知られるロラン・サレスだ(なお同書はクエ社より新版が2019年3月に刊行されている)。 鋭敏な感覚を発揮できるかどうかは匂いを検知する閾値によっても左右される。そしてその閾値は訓練によって推移することが証明されている。対象となる匂いが既知のものであればあるほど、その閾値も低くなる。つまりよりわずかな匂いでも検知可能になるのである。犬たちが任務にあたるほとんどのケースにおいて、彼らに求められるのはほんのわずかな量の麻薬の発見である。例えばヘロインにしても、純粋な麻薬としてのパーセンテージはわずか6%にも満たないのである。クラック、エクスタシー、アンフェタミンといった合成薬物となれば発見は極めて困難となる。なぜなら「それらの構成成分は物によってばらばらで定まっていないからです。そのことが探知をより難しいものとしています」とヴァンサン・クズエルは述べる。

「探知犬を訓練する際に考慮せねばならないもうひとつの要素は、匂いには余計なものが混ぜ合わせられたものも存在するのだということをしっかりと教えこむことでしょう。混ぜ合わせられた結果として生じる匂いは構成される分子によっても変わってきますが、いずれにせよ混合物特有の匂いがします」。ですがたとえ犯罪者たちが宝の隠し場所にどれだけ創意工夫をこらしてきたとしても、と、そう言いながらヴァンサン・クズエルは次のように請け負う。そうした匂いの混合物を構成するさまざまな匂いひとつひとつの区別が事前に行われ学習されてさえいれば、彼らはそれらをきちんと識別することができるでしょう、と。ゆえに犬たちが積荷のなかから、冷凍された魚やにんにく、玉ねぎのなかに紛れて隠されたマリファナやコカインを見つけ出すこともそう珍しいことではなく、ときに密閉容器に仕こまれトラックの燃料タンクのなかで浮いている薬物を見つけ出すといったこともあるのである。

彼らにとって最も発見が困難なのは、クラック、エクスタシー、アンフェタミンといった合成薬物である。

人形探しゲーム

したがって彼らの高い能力を開花させることができるかどうかは、ひとえに教育・訓練にかかっていると言えるだろう。フランスではラ・ロシェルの国立税関学校で毎年25頭の候補犬(および同数の犬のハンドラー)が訓練を受けている。実用犬に関する論文を著した獣医師、アルノー・ポルタルによれば候補犬は生後10ヶ月から2歳半のあいだに選別される。重要な選定基準としては、むろん嗅覚は当然のものとして、物を探し持ち帰る能力、安定した性格、我慢強さ、バイタリティなどが挙げられるとともに、その他にも注意力や好奇心、観察力、探究心に満ちた行動力、などといった要素も詳細に分析され、評価される。

訓練期間は平均6ヶ月である。その間に候補犬は、命令に従うこと、座ること、指示を待つこと、探索の命令に応じること、などといったことに慣れていく。そしてこの期間に犬とその主人との絆がじょじょに深まっていくのである。訓練というよりかは、正確に言えばむしろそれは遊びに近いものだろう。最初は匂いを持たない「人形」を見つけ出すことから始められる。「犬への教育はすべて遊びとしての楽しさとそのおもちゃへの所有欲に基づいています。その目的とは遊びの感覚を薬物の匂いと関連づけて犬たちに覚えさせることなのです」と、そうアルノー・ポルタルはこの訓練の概要を要約する。そのような遊びから始まって少しずつ、犬たちは大麻の匂いの染みこんだ「人形」を探すよう求められるようになる。地面に置かれた人形を、そしてその次には高い場所に置かれた人形を、といったように、遊びの内容はだんだんと変化していく。そして最終的には車両、倉庫、港、貨物線、空港内のベルトコンベア、郵便の小包、アパート、などといったように、そうして将来の活動現場に近いシチュエーションに訓練・遊びの舞台は移されていくのである。そして忘れてはならないのは、その間もずっと犬はその主人とのコンビで作業に取りかかるということだ。

探知犬の育成は急務であるがゆえその必要投資として、近年韓国では探知犬のクローン化が進められつつある。クローン技術により実績のあるDNAを持つ個体のみを育成することが可能になり、それにより育成コストも半減するという。実際、ヨンハプニュースが報じたところによると、2019年に韓国の空港で荷物検査の任についていた犬の約80%がクローン犬だったということである。

とはいえどれほどよく訓練された犬とはいえ完全無欠ではない。『フォレンジック・サイエンス・インターナショナル(国際犯罪捜査科学)』誌が2014年2月に発表した記事によれば、最も優秀な探知犬でもその正確性は85%から90%にとどまったという。その結果はあくまでも探索が行われる環境の条件によっても異なるだろう、とされたうえで、例えば室内においてはその部屋が既知のものであるか未知のものであるかにかかわらず、実験に参加した犬は85.2%の確率で正しい情報を示したという。ところがその数字は探索の場が戸外に移されると63.5%に、車のなかではさらに57.9%にまで落ちこんだ。

したがってさまざまな気候条件への適応も必要な訓練の一部となってくる。ヴァンサン・クズエルが証言するように、「気温が高く空気が乾燥した環境下では、匂いの分子はより広範囲に拡散しやすくなります。当然そのことは匂いが散逸しやすくなることと鼻腔の粘膜が乾燥しやすくなることを意味するわけで、それによって犬の嗅覚パフォーマンスは低下してしまうことになるのです。反対に気温が低いと拡散減少は抑制され、したがって匂い自体は長く残りやすくなりますが、雨や雪が降っている場合は粘膜から分泌される粘液が水の層によって覆われてしまうため、探索においては悪影響となり得ます」。雨には匂いを持つ物質を地面にとどめ、拡散を抑制するという効果もあるようだ。そして風に関しては、探索犬にとって最も心強い味方となる。15℃から25℃の穏やかな気温、湿った空気、そしてほどよい向かい風。それが探索における理想的な舞台となる。

一方最も過酷な環境は海であろう。この絶えず動き続ける地面にあっては、足場を必要とする犬たちは本能的に安定性を優先するため、その結果探索がおろそかになってしまうという傾向がある。そうしたことからもやはり主人であるハンドラーとの連携が不可欠となってくるのである。

喜ばせたいという意志

実際このハンドラーはキーマンとしての重要な役割を果たしている。ハンドラーは毅然とした威厳を犬に対し示すことが求められる一方で、「任務の後や日常生活においては、励ますためや労わってあげるために、犬の主人として優しさを示し、愛情を注いであげることも必要となってきます」とアルノー・ポルタルは強調する。犬と主人というこの関係は互いが互いを選び取った結果生まれたものであるというそのような認識によって成り立つものであり、そうした相互間の完璧な理解こそがこの種の任務にはたいへん重要なものとなってくるのである。だが実際にはこの関係性は安定からはほど遠く、むしろ危ういほど脆弱なものである。というのも犬には認められたいという欲求が強く主人を喜ばせたいという意志があるため、きっと主人はこのようなことを期待しているのだろう、という無根拠な判断から行動してしまう傾向があり、つまり主人が無意識のうちに取った非言語的なジェスチャーなどにもすぐさま影響されてしまうということもあるのである。報酬や褒められることを期待しての行動も、捜査においては命取りになってくる。

アメリカにおいて顕著なのが、この捜査方法に対する強い批判だ。なかにはこれが合衆国憲法に、すなわち「自身の体、住居、書類、所有物が理由なく捜査され押収されること」から市民を保護する修正第4条に反するのではないか、さらに「捜査令状は誓約または宣誓に基づく証言により重大な嫌疑がかけられた場合のみ発令される」という条項とも矛盾するのではないか、という声も上がっている。これと関連して、犬が吠え、警告を発しただけで捜査対象となってしまうというのは不当ではないか、その警告は本当に信頼に足るものなのか、という疑問も頻繁に議論の対象となっており、実際複数の裁判でその問題が争点となった。

例えば2006年には通常の道路検問の際に犬が警告を発したため、フロリダ州警察はクレイトン・ハリスの所有する自動車の捜査に踏みきり、所持品から200錠のプソイドエフェドリン(メタンフェタミンの製造に使われる物質だ)を押収した。公判ではこの捜査犬が当該薬物を検知するための訓練を受けていなかったことが問題となり、同捜査犬の信頼性に疑義を呈したハリス被告の弁護人は、その犬の介入により捜査がなされたのは合法的ではないと主張したのであった。弁護側の訴えは第一審と控訴審で棄却されたものの、2011年フロリダ州上級裁判所での第二審においては一転してその主張が認められることとなる。判決では、捜査犬が当該薬物を検知するための正当な訓練を受けていなかった以上、ハンドラーが犬を操り警告を発させた可能性も捨てきれず、そのため捜査当局は同捜査犬の信頼性および捜査の正当性を証明することはできない、とされたのであった。しかし最終的にはこの判決は、2013年最高裁によって再び覆されることになる。

もうひとつの事件はイリノイ州で起こった。レックスという名の捜査犬がある車両の検査現場において運用されたのだが、その結果約15kgのコカインが発見されたのだった。当該車両の運転手だったラリー・ベントリーは控訴審において、その捜査犬が現場に招集されるときには93%とかなり高い確率で警告の吠え声を発するが、実際その正答率はわずか59.5%であったこと、すなわち10回のうち4回は無実の人に対し捜査が行われたという計算になるということに注意をうながした。実際レックスは警告として吠えるごとに報酬を与えられており、つまりその警告が正しいか否かはそこでは問題にされてはいなかったということだ。無邪気な犬にとっては確かに憲法のことなどおよび知ったところではないだろう。そんな犬がまるで打ち出の小槌のように報酬がもらえる方法があると知りながら、それを利用しないわけないではないか? だが結局問題となったその現場において、犬の警告だけを根拠に捜査が踏みきられたわけではないということが示されたため、2015年の控訴審判決ではベントリーの有罪が宣告された。 北米における麻薬取締法の複雑化が進むなかで、2018年11月初旬、ミシガン州は合衆国で10番目に大麻の使用を合法化した州となった。同年10月17日の時点ですでにカナダでも大麻は違法ではなくなっていた。そうした情勢のなかで麻薬捜査犬を待ち受ける運命とは、なんと早期退職である。というのも彼らが吠えたり座りこんだりするときは何かおかしなものを発見したと周囲に示すためであるわけだが、それがどんな物質であるかを知っている彼らに対し、そのなかから大麻だけを除外させること、つまり一度大麻の存在を知らせるよう訓練したものを、ここへきてなかったことにするというのはあまりに複雑かつ困難な操作であるからだ。

コロンビアのギャング、ウラベーニョスは2018年、ソンブラという名の6歳のメスのジャーマンシェパード犬の首に懸賞金をかけた。

賞金首としての犬

とはいえまだしばらくのあいだは、世界をまたにかける麻薬密売人たちにとって、こうした捜査犬たちが脅威であることに変わりはなさそうだ。事実コロンビアでは2018年、ウラベーニョスというギャングによってある一匹のジャーマンシェパード犬の首に懸賞金がかけられた。実際、当時6歳だったソンブラという名のそのメスのジャーマンシェパードは、コロンビアで最も危険な犯罪組織と目されていたその麻薬密輸グループから約10トンものコカインを押収することに貢献するとともに、それにともないその組織のうち245名もの構成員が逮捕されるという大捕物の立役者まで演じていた。警察からの情報をメディアが報じたところによれば、ソンブラの首には実に2億ペソ(約5万5,000ユーロ)という高額な賞金がかけられたという。 そうした脅威が考慮され、ソンブラはそれまで配属されていた大西洋沿岸地域の港での任務を終えたのであった。特にターボ港がよく知られているが、そうした港から何トンものコカインがモーターボートやときに潜水艇に載せられて中米や合衆国へ向けて出荷されていくのである。以降ソンブラは首都ワシントンの国際空港へと活動の場所を移しているが、彼女への脅威に対する警戒と監視は依然として続けられている。というのも、彼女の新しい任地である空港は港よりは制御しやすい環境下ではあるものの、かつて『ロサンゼルス・タイム』が報じたある事件が頭をよぎるからだ。1985年、ボゴタ空港に配備されていた20頭あまりの犬が、つまり合衆国が予算を割り当て購入し訓練をし麻薬捜査犬に育てあげたその犬たちが、ケージ内で毒殺されているのが発見されたのである。犬の人生もまた常に危険と隣り合わせであるということだ。

「匂わない運び屋」

麻薬を犬に探知されずに運ぶ方法はあるのだろうか? あるにはある。麻薬が密封された、セロファンやラテックス(よく使われるのはコンドームだ)で何重にもくるまれた小さな袋を口から飲みこんで「運び屋」になることだ。そうすれば8から10グラムのコカインやヘロインが入った、50から100個のパケ袋を一度の旅行で運ぶことができるだろう。それらは運び屋の消化器系に格納され、目的地に到着すると肛門を通じて体外に取り出される。この方法を使えば麻薬の匂いが漏れることはないため、飲みこまれた袋を検知するためには運び屋の腹部をスキャンするしかない。放射線から逃れるため袋をカーボン紙やアルミホイルで覆って保護膜とする方法を試みる運び屋がいる一方で、放射線密度が低いことで知られる液体コカインを運ぶという選択肢もある。さらなるテクニックとして、妊娠中は放射線検査が禁忌とされることを利用して、妊婦を運び屋にするという手まであるほどだ。

しかしこうした仕事の危険性は極めて高く、ときに死にいたることさえある。袋が体内で破裂でもしようものならの一時間以内に中毒に陥ってしまうだろう。実際2017年には、カイエンヌからパリ・オルリーへと3歳の息子とともに向かっていた32歳の女性が、飛行中に死亡するという事件があった。

翻訳:藤原寛明

Back number