全人類、全哺乳類に共通のスタート地点である母親の胎内は、まさにそれゆえ子の感覚的記憶に色濃い影響を残す。妊娠28週目には胎児の嗅覚システムは機能し始め、それによって胎児はさまざまな刺激を検知し区別するだけではなく、それらを記憶し、さらにはその刺激の性質に応じて好意や嫌悪を示したりといったことまでできるようになる。胎盤と臍帯を通じて母体から酸素と栄養素を供給されながら、胎児は胎内に満たされた羊水のなかに浸っている。胎児を保護する役割を担うこの羊水は胎児が胎内で自由に動くのを助けるとともに、その羊水自体は母体の代謝システムを通して常に新しく入れ替わり続ける。胎児が呼吸するのはこの液体のなかでだ。そしてさらに胎児はこの液体を飲みこみ、自身の体のなかに摂取する。胎児が母体がどんな食生活を送っているのか詳しく知り、母親の匂いの染みこんだ「匂いの身分証明書」を受け取るのはまさにこの過程においてである。そこへ胎児自身の排泄した尿も混じることで、羊水にはよりニュアンスに富んだ嗅覚的、味覚的情報が加わることになる。
フランス国立科学研究センター(CNRS)研究ディレクターのブノワ・シャールは、関連施設であるディジョン味覚栄養科学研究センターにて、胎児、新生児、幼児の嗅覚研究、特に彼らがいかにして嗅覚的情報を学習していくかということについて数多くの研究を行なってきた。1998年にはCNRS・ストラスブール研究所のリュック・マルリエと共同研究を行い、父母のカップルのそれぞれに2つの羊水サンプルをかいでもらったところ、彼らの圧倒的多数が自身の赤児に付着した羊水を判別することができたことを報告した。この研究結果は、胎児と母体との個体間同士の嗅覚情報の共有が羊水を通して可能になっていることを示すとともに、母子間の初期の相互関係においてこの羊水が重要な役割を果たしていることを示唆するものであった。またこれらを鑑みて両研究者は、出産後すぐに新生児を入浴させないことを推奨した。
ブノワ・シャールは羊水を「背景音の嗅覚版」という表現を用いて説明する。胎内という宇宙のなかで、胎児はその常に鳴り響いてる「背景音」のひとつひとつを知覚し、さらにはそれぞれの「音」の微妙なちがいさえ認識できるという。シャールによれば、羊水には「それぞれの母体ごとに異なる動物的なノート」があり、その匂い的特徴は母親の送る食生活に応じて変化する。そこで母親の食べる物によっては、胎児にとってその匂いは、他の食べ物と比べてより「うるさく」感じられるのだという。例えば人間の場合だと「代表的なものを挙げるとすれば、ニンニク、クミン、フェヌグリーク、カレー、アニス、ミント、ニンジン、チョコレート、アルコール、タバコの煙に含まれるニコチン、といったものの匂いが母体を通じて胎盤を通過し、羊水に浸透しやすいということが直接的あるいは間接的に確認されています」とブノワ・シャール。「そしてそのような匂いの胎盤透過性は、出産が近づくにつれじょじょに高まっていくことになります」。とはいえすべての妊婦が同じような強度で匂いや味を胎児へと伝達するわけではなく、「代謝による匂い物質の胎盤透過率は、あくまでも母体ごとに異なります」と、そうブノワ・シャールは留保をつけてもいる。
このことからも明らかなように羊水は母体ごとに独自のものであり、それをもとに胎児たちは完全に個別化された感覚の学習を行うのである。まさにこのような誕生前の準備期間を通じて、胎児たちは「感受性、識別能力、記憶力、嗜好、運動反応といった、新生児用の『ツールボックス』を構成する各能力の状態を整えるのです」とブノワ・シャールは述べる。
胎児期と新生児期はつながっている
赤ん坊たちが生後間もない状態からすでにはっきりと好き嫌いを示すことができるのは、まさにそれゆえである。これについては彼らが胎内で知覚し経験した感覚の記憶が、彼らの人生に対し長期的に作用する文脈として影響を与えていることが関係しているのではないか、とされているわけだが、同様のことは人間以外の複数の動物にも当てはまる。この文脈を左右している要素のひとつは、母体の感情の状態であるとされる。胎児は母体の感じる感情に敏感であり、それゆえ母親が安心した状態のときに取りこまれた匂いに対し惹きつけられ、反対に不快さを感じているときに取りこまれた匂いに対しては「はっきりとした拒否感」を示すのである。「この胎児期に、これは好きだ(あるいは嫌いだ)と感じられた感情は、誕生後にも持続することがあります」とブノワ・シャールは強調する。またこれと関連する例として、クイーンズ大学(北アイルランド、ベルファスト)心理学部教授のピーター・ヘッパーらの研究チームは、胎児期にニンニクの匂いをかいでいた子どもたちが8歳から9歳ごろまでニンニクを含む食品を好んだ傾向を見せたことから、胎児期に獲得された好みと誕生後の嗜好には相関関係が認められることを明らかにした。
なので短期的に見ればなおのこと、新生児の感覚の構築は胎児期のそれとほぼ地続きのものとして進行していることが分かってくる。これには9ヶ月の胎児と新生児とでは嗅覚の機能やメカニズムがまったく変わらないということも関係している、とブノワ・シャールは指摘する。「例えば、胎児期の嗅覚体験は知覚や認識を司る神経回路の構築にも関係してきます。またその嗅覚体験の如何によって、出産後の新生児が初期に取る身体反応の様子も変わってきます」。新生児にとって胎児期の生活と出産後の生活とのあいだに過度な乖離が生じることは避けられるべきだとされているのはそのためだ。ティヴォリ病院(ベルギー、ラ・ルヴィエール)にて長年産婦人科医として勤務するピエール・ルソーも、授乳中の女性たちに対しお産後に急に食生活を変えないようにとアドバイスしている。
「この胎児期に、これは好きだ(あるいは嫌いだ)と感じられた感情は、誕生後にも持続することがあります」(ブノワ・シャール)
安らぎを求めて
子どもにとって誕生とは、まさに人生で最初に直面する試練に他ならない。その子どもを育てるにあたっては、少なくとも感覚の面においては、ここまで見てきたように胎児期との連続性を保ちながらサポートすることが肝要そうだということが自ずと推察されよう。そのことについては実際、新生児がある種の安定性を求める傾向にあるということを証明した研究もあるほどで、また1995年にはブノワ・シャール、リュック・マルリエ、ロベール・スシニャン(ランス大学)からなる研究チームが生後2日目の新生児について調査したところ、やはり新生児たちが羊水の匂いに惹かれる傾向があることが確認されるなかで、同研究チームはそこからさらに一歩踏みこみ、生後3日目を迎えた新生児たちに対し異なる2つの羊水を提示してみせたところ、「彼らは他の新生児の羊水ではなく自分の羊水に対しより素早く反応し、かつより長い反応を示してみせた」のだった。したがってこの研究結果は新生児の脳が自身のいた胎内環境の匂いを記憶する能力を有していることの今ひとつの証拠となるものであろう。
このような新生児たちにとって馴染み深い匂いのなかに、彼らはいったい何を求めているのだろうか? まちがいなくそれは、安らぎ、であろう。1998年にはタルトゥ大学(エストニア)小児科学研究科のヘイリー・ヴァレンディが、羊水の匂いが赤児たちに対し、不安を取り除き落ち着かせる効果があることを明らかにした。母親の乳房の匂いをかいでいた赤児が泣いた時間に対し(平均301秒)、自身の浸っていた羊水の匂いをかいだ赤児の泣いた時間が明らかに短かったのだ(平均29秒)。
またディジョン味覚栄養科学研究センターの(ブノワ・シャールとは)また別の研究グループは、胎児期から新生児期への自然な橋渡しは「コロストラム(初乳)」によって担われていることを強調した。これは分娩後に母体から分泌される初めての母乳を指す言葉であるわけだが、リュック・マルリエによれば、「コロストラム」は胎内における羊水と共通の匂い的特徴を持っている。まさにそのふたつの匂いが似すぎているため、当の赤児自身にさえどちらがどちらだか区別がつかないほどなのだという。「とはいえ、分娩前後にまたがるこの二種の液体の類似性もあくまでも一時的なものにすぎない。というのもひとたび乳汁分泌(ラクトジェネシス)が始まれば(分娩後2.5日から3.5日のあいだ)、コロストラムも次第に通常の母乳に置き換わっていくからだ」。そう自身の博士論文のなかに記しているのはマリーズ・ドロネー=エル・アラムだ。なお論文は、新生児が胎内での感覚的経験をいかに長期的に保持しているかについて書かれたものである。
赤児が馴染み、親しみを覚えた刺激に対し惹きつけられる例を見てきたわけだが、何もそれは有機物だけに限った話ではない。ブノワ・シャールは胎児が胎内で人工物の匂いを感じていた場合、誕生後にその匂いに対し抱く感覚や感情は、それをかいでない場合と比べ肯定的な方向へと変化することを確認している。これまで見てきた規則からすると既知の匂いはポジティブな価値を持つわけだが、「赤児たちにとって馴染みのある匂いは未知のものより常に魅力的です。つまり、彼らは単にその匂いに馴染んだから惹きつけられているのか、それともそこにもっと別の何か、例えばその匂いと胎内とを結びつける連想のメカニズムが働いているからなのか、どちらの可能性も考えられるでしょう」とブノワ・シャールはコメントしている。
カンガルー・メソッド
これが(妊娠6ヶ月から7ヶ月で出産される)いわゆる超未熟児の場合となると、話はより複雑になってくる。まだすべての神経回路が完全に形成されていない状態で生まれてきてしまうからだ。こうした未熟児たちの発育を促進する方法として、小児科医のナタリー・シャルパックが熱心に推奨するのは「カンガルー・メソッド」だ。まさにその名の通りお腹のポケットに子を入れたカンガルーよろしく、親は発育の未熟なわが子を肌と肌とをぴったり合わせた状態で腹部に抱き、それを可能な限り頻繁に行い、かつ可能な限り長くその状態を保持することを指すもので、新生児を保育器に入れておくよりも同小児科医はこちらの方法を強く推している。かたわらには新生児特有の問題に対処するための看護チームも控えている。あえて欲を言うとするならば、「赤ちゃんをお母さんの子宮に戻してあげられればいちばん良いのですが……ですが、さすがにそれは無理な話です」とナタリー・シャルパックは語る。その代替案として提案されるのがまさにここで話題に挙がっている、赤ん坊と母親のお腹どうしをぴったりくっつけて抱かせてあげることなのである。ナタリー・シャルパック医師によれば、この体勢が母親の子宮のなかにいる状態に最も近いのだという。同医師は自身を含めた医療チームの主眼が、「嗅覚を始めとした感覚的刺激とともに、赤ちゃんの脳が本来であれば母親のお腹のなかで終えるはずだった成長を今ここで私たちが支援してあげることなのです」としたうえで、この方法が奏功すれば「赤ちゃんを深い眠りに導くことも、バイタルサインの安定化を実現することも可能でしょう」と請け合う。フランス人のナタリー・シャルパックは現在コロンビアで働いている。そしてまさにそのコロンビアで、彼女はこの「カンガルー・メソッド」の存在を知ったのであった。この方法の目指すところは実に明白だ。すなわち「ストレスを軽減してあげること、まさにそのひと言に尽きます。ストレスは子どもにとっても大人にとっても等しく危険なものですが……」自身を守る術を持たない未熟児はその影響をもろに受けてしまう。一部の医療機関では未熟児たちのストレス軽減策として保育器のなかに母親の匂いを染みこませた布を敷いておくことを推奨しているが、しかしナタリー・シャルパックに言わせれば「まさにそのお母さん自身の体こそが赤ちゃんたちにとっては最良の保育器なのです」ということだ。
そのような未熟児たちをケアするうえで最も懸念される問題のひとつが、睡眠時無呼吸症候群である。睡眠という無意識下において一時的に呼吸が停止することで「特に脳への酸素供給が減少し、それによって発達の遅れや神経障害が引き起こされる場合があります」と、ストラスブール大附属オートピエール病院新生児救命科元主任医師のジャン・メッセは説明する。同医師がCNRSのリュック・マルリエと共同で行った研究では、この症状に対しバニラの匂いが思わぬ効果を発揮したことが報告された。症状を抱えた未熟児たちにバニラの香りをかがせてみたところ睡眠時無呼吸の発生率が36%減少したことが確認され、その調査結果から新生児にとって心地良く感じられる香りは彼らの呼吸数を増加させ、その効果は元の呼吸数が少ないほど顕著であると結論された。
また未熟児たちは栄養を摂るにあたっても特有の困難がある。そもそも、吸う、という動作からして未熟児たちの、まだ神経回路の形成が完成されていない脳にとっては決して容易なものではないからだ。「当然、彼らの未発達な体もこの問題につきまとってきます。彼らの口腔筋はまだじゅうぶんに発達しておらず、それゆえに、吸う・飲みこむ・呼吸する、という口による一連の動作をうまく調整することができません。そのような状態では自律的に栄養を摂取することはままならないでしょう」とブノワ・シャールも述べる。未熟児たちが自分から積極的に吸えるようになれるよう支援するにあたっては、食べ物に関連した匂いを刺激剤として利用することが重要なのだと、そう主張するのはヴィクトル=デュプイ医療センター新生児科の元言語療法士、モニク・アダードだ。ここで口の問題に対しても嗅覚的アプローチが取られるというのは何とも興味深い話であるが、彼女がこの問題を早期に修正し正常化を図るべきだと叫んでやまないのは、近い将来未熟児たちが無事に成長し、さまざまな食べ物を食べるようになったときのことを考えているからに他ならない。つまりこの問題に適切な支援を行わず放置し続ければ、子どもたちが食事や食べ物に対する恐怖症を発症してしまうという最悪の結果を招くことになりかねないと、この現在ではすでに引退している元療法士はそう警鐘を鳴らしているのだ。そればかりでなく口腔および顔面の運動機能にも問題が生じ、さらにはそれが発話障害にもつながる恐れもあると彼女は指摘している。
バニラの香りによって未熟児たちの睡眠時無呼吸に大きな改善が見られた。
絆の形成
神経学者・精神科医のボリス・シリュルニクが『感情の糧』(オディール・ジャコブ出版、1993年刊)において強調しているのは、親と子の絆というものは彼らのあいだで取り交わされる感覚と感情の次元を通して発達していくということだ。「子どもというものは[...]話せるようになるずっと前から、理解しているものである。したがって彼らの思考は言葉ではなくまずは自身の感覚を起点に作られる。つまり彼らが最初に表現しようとするのは、彼らの感覚についてなのだ」とシリュルニクは記している。むろん匂いや嗅覚も、ここで言及されている感覚的環境の一部をなしている。そしてその感覚をもとに、子どもたちは他者との関係性を築いていくことになる。 産婦人科医のピエール・ルソーは、かつて「新生児が取り出されるが早いかすぐにどこかへ連れていかれ、手当てをされ、体重を測られ、服を着せられていた」時代を、ほとんど憤りに近い思いとともに思い出す。「そうしてしばしのあいだ看護師の腕のなかで泣きわめいた後、彼らはようやく母親のもとへと運ばれていくのでした」。そのような状況下で働いていたルソーはしかし「彼らが母親の寝かされている分娩台の上に戻ってきた瞬間」まるで嘘のように落ち着きを取り戻し、表情を和らげた様子を目の当たりにしたと語る。「そこで彼らが落ち着く直前、鼻腔がひくひくと動くという現象が確認されるのです。これは彼らがそのとき母親の匂いを認識しているということの証左ではないでしょうか」。一方ブノワ・シャールはこの説にはやや懐疑的だ。「その鼻腔のわななきは、単に赤児がそこで感じている疲労や息苦しさを示しているだけかもしれないからです」。だがここで実際母親の匂いが知覚されているのだとしたら「まさにその瞬間は、母子間の愛着の形成において非常に重要な段階を示していると言えるでしょう」とピエール・ルソーは述べる。またルソーは、子どもが社会的構造のなかで他者との絆を形成するためには、その場所が安全な環境下であるということが絶対条件となる、ということにも注意をうながしている。これに関連するものとしてリューベック大学(ドイツ)神経学科のサラ・イェッセンは、生後7ヶ月の乳児が例えば恐怖に顔を引きつらせるなど不安を示す信号を発するとき、そこへ母親の匂いが介入するとどのような反応の変化を示すのかという調査を脳波測定を用いて行なった。この研究によって明らかになったのは、母親の匂いには乳児を即座に安心させる効果があり、しかもその効果は持続的に続くというものであった。「これまで人間の嗅覚は社会的信号を司る感覚モダリティとして不当にも軽視されてきた感は否めない。しかしまさにその嗅覚こそが、子どもたちの早期の社会学習において重要な役割を果たしているとは言えないだろうか」。サラ・イェッセンは自身の研究をそのように締めくくっている。
報酬系回路の関与
実際、この体の匂いというものは対人関係において中心的な役割を担っている(『Nez#3』収録の「魅力の化学」においてもこの体臭という主題は詳しく扱われている)。ブノワ・シャール率いる研究チームが1980年代に着手した研究を皮切りにこれまで多くの科学者たちが調査を進めてきたように、私たちは体の匂いを感じることによって仲間の存在を認知し識別することが知られている。これに加え、体臭は目の前にいる他者の感情を知るうえでも重要な判断基準となるわけであるが、体臭の持つこのふたつの役割は母子間の絆の形成においても基盤となる働きを演じる。ピエール・ルソーらのチームがティヴォリ大学病院で行なったインタビューにおいて、ある女性は娘が生まれた直後の感想を次のように語っている。「娘と肌が触れたときの感覚、そして匂いを、今もありありと思い出します。きっと彼女も私の匂いを感じていることだろう……そうぼんやりと考えました。自分が母になったのだと理解したのはまさにあの瞬間だったのでしょう」。一方対照的な例として「メンタルの不調のため子どもとの関係に問題を抱えている母親たちは、そのような精神的不調と合わせて同時に嗅覚異常も発症している傾向が強く」それゆえ必然的にわが子の匂いを認識することが困難な状況にあるということが、心理学博士のイロナ・クロイがドレスデン大学(ドイツ)心身医学科の研究グループを率いて行なった調査において報告された。
2013年、カロリンスカ研究所(スウェーデン、ストックホルム)のヨハン・ルンドストローム心理学博士は、ディジョン、モントリオール(カナダ)、ドレスデンからなる研究者チームと共同で行なった、赤ちゃんの匂いはなぜ心地良く感じられるのか、という研究において、新生児の匂いには女性の脳における報酬系回路を活性化させる働きがあるということを明らかにした。この生理学的メカニズムによって母子間の愛着の形成が促進されると考えられ、これについてはピエール・ルソー医師も、実際若い母親や父親たちがうっとりしながら赤ん坊の頭の匂いをかいで「何ていい匂いなんだ!」と叫び出すという光景がよく目にされると証言する。 このテーマに特に強い興味を示しているのは日本の科学者たちだ。神戸大学生物学科の尾崎まみこ教授の主導のもと新生児の頭部の匂いの化学的組成が特定されるとともに、誕生直後1時間ほどは非常に個性的な特徴を持ったその匂いが、生後2日から3日たつころには完全に平均的なものに変化していることが確認された。この研究結果は母子間のごく初期における感覚的コミュニケーションが存在するのではないかという仮説を支持するものとなっている。 赤児のように幼い被験者を対象に嗅覚を研究し測定することは確かに困難であるが、これまで見てきたように新生児によって早期に経験される化学的反応や知覚が環境を鋭敏に読み取ることで、その感覚的経験が個人の形成に長期的な影響をおよぼしているのではないかという説は、もはや疑いようのないものなのではないか。その点についてはブノワ・シャールも確信しているようだ。「子どもたちの関心、動機、感情といったものすべてが、まさに匂いによって方向づけられていると言っても過言ではありません。そうして匂いと自身の嗅覚によって導かれながら、彼らは世界というものを知り学んでいくのです」。
若い母親と父親が赤ん坊の頭の匂いをおもむろにかぎ、「何ていい匂いなんだ!」と叫び出すという光景がよく目にされる。

