強力に濃縮された成分
しかしそんな彼女も、月刊誌『60ミリオン・ド・コンソマトゥール(6,000万人の消費者たち)』2017年11月号を読んでいたとしたら心配でいてもたってもいられなくなっていたことだろう。「エッセンシャルオイル、その深刻な疑惑にせまる」と題された記事のなかで、エッセンシャルオイル、特に子ども用として頻繁に利用されているラベンダーオイルとティーツリーオイルに潜む有害性に対し警鐘が鳴らされたのだった。記事にはリール中毒治療センターによる2016年の報告書が引用され、若い男の子たちの乳房が異様に発育したケースが3例紹介された。同センターの見解によれば、このような症状はもしかしたら「ラベンダーのエッセンシャルオイルに含まれる成分が何らかの理由によってエストロゲンを異常分泌させた」ことが原因であるかもしれない、としているが、しかし言いかたを変えればこの製品は、内分泌かく乱物質として作用する可能性があるということではないか。
上記のような断定的ではない、あくまで推測的、仮定的な書きかたがされつつもその記事には今ひとつの引用として、アメリカの学術誌『ザ・ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に掲載された研究が参照されている。そしてやはりこの研究においても3人の男の子の胸に現れた異常発育が取り上げられ、その男の子たちはラベンダーとティーツリーのエッセンシャルオイルをベースにした美容用品を常用していたことが明らかとなったのだった。この『60ミリオン・ド・コンソマトゥール』内の記事の著者、ジャーナリストのヴィクトワール・ンソンデは2014年フランス国内において、エッセンシャルオイルに関連する2,435件もの報告が中毒治療センターおよび毒物管理センターに寄せられていたという事実に読者の注意をうながしている。この件数のうちのほとんどが、皮膚への噴霧または塗布用の製品を子どもが誤って口にしてしまったことに起因するものだった。なお、うち入院が必要となったケースはわずか1%にとどまった。エッセンシャルオイルがいくら植物由来とは言っても非常に強力な濃縮成分であるゆえ、じゅうぶん注意して扱わなければならないことを喚起する良い機会になった、とでも考えるべきなのだろうか。
「ほとんど悪意と見紛うばかりの」
それから約半年後にあたる6月号で、同誌は再び警告を発する記事を掲載することになる。その号にて行われたアンケート調査はエッセンシャルオイルをベースとした室内用消毒スプレーを取り上げたもので、各社から売り出されているこれらのスプレーは主に、細菌、ウィルス、真菌、ダニなどに対する殺菌効果をセールスポイントとしていた。「自然製品、ただし汚染とアレルギーにはご注意を」といういかにも不安を煽るような特集タイトルだが、スプレーのなかに刺激性のある揮発性有機化合物(COV: Composés Organiques Volatils)が含まれている可能性を示唆しながら、本来毒性のあるものを除去するためのスプレー自体がある種の毒を内包してしまっているということへの矛盾を指摘してみせたのだった。「ピュアエッセンシャル」は世界中で10秒ごとにひとつ売れているというスプレー部門のベストセラーであるが、このアンケート調査における格づけでは20点満点中6点と最も評価が低かった。逆に最も高く評価されたのは「エタミーヌ・デュ・リス」というブランドで、17.5点をマークした。
一方、ここで用いられた「汚染」という言葉に強い憤りを示したのは9つの企業(アルコファーマ、アロマ・ゾーン、ピエール・ファーブル、フロラーム、ラボワトワール・ジルベール、レア・ナチュール、オメガ・ファーマ、ピュアエッセンシャル、ヴェレダ)からなる共同事業体、コンソーシアム・HEであった。エッセンシャルオイルの認知度向上に努める同ロビー団体は、『60ミリオン・ド・コンソマトゥール』誌に掲載されたアンケート調査のひとつひとつに対し断固として反論する声明を発表したのだった。「エッセンシャルオイルを語るとき、そこに『汚染』という言葉を当てはめるのは情報錯誤を通り越し、ほとんど悪意と見紛うばかりのものを感じる。そもそもVOCとは大気中の汚染物質を指すものとして、法令に関わる条文や文書のなかで用いられる用語であるはずなのだ。それを言ったら花や果物の香りだって自然由来のCOVではないか。試しに果物の入ったバスケットの上に測定器を置いてみたまえ。カウンターが振り切れるだろう」、同ロビー団体のスポークスマンを務める薬学および毒物学博士、ジャン=マルク・ジルーは以上のように抗議の姿勢を露わにした。「確かにエッセンシャルオイルには内分泌作用があるが、それだけで内分泌かく乱物質と断定するのは早計に過ぎるというものだろう」と博士は続ける。「その論法ならば人体に有機物として内分泌作用を引き起こすクルミも、キャベツも、大豆も禁止しなければならなくなってしまうではないか。『ザ・ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』掲載の2007年の例の論文に関しても、ヨーロッパ消費者安全科学委員会より、特にシャンプーなどの洗い流せる製品に関して『根拠薄弱』であるとのコメントを受け、研究としての有効性自体が否定されたというお粗末さだ」。ジルー博士は国立消費者研究所の発行するこの雑誌がその編集方針として、エッセンシャルオイルの信用失墜を目論んでいるものと見ている。つまり、そのほうが売れるからだ。
薬学博士からアロマテラピーの指導者へと転身したオード・マイヤールもまた「記事における虚実混同」に失望したひとりだ。「針葉樹林の森を散歩していると、空気がCOVで満たされていることに気づかされます。エッセンシャルオイルが大気中に拡散されれば確かに呼吸器系に対するリスクは想定されてしかるべきでしょう。したがって喘息や呼吸器不全を患っている人の前では使用を控えるべきでしょう。ですがアロマテラピーに従事するわれわれにはそのことがきちんと承知できておりますし、消費者の皆さんにアドバイスすることだってできるでしょう。にもかかわらずアンケート調査での情報提示はかなり偏っているものと言わざるを得ず、読者が理解できるようにはできておりません」。内分泌かく乱物質をめぐる研究に関しては、「その背景を知りたいと強く望みます。対象となった患者はどういう人で、どのような生活を送っていたのか。エッセンシャルオイルは、水面化に潜んでいた問題を浮上させる思わぬトリガーとなってしまうことはあっても、その問題の直接的な原因それ自体であることは決してないのです」。
インターネット上での署名活動
当の『60ミリオン・ド・コンソマトゥール』記者ヴィクトワール・ンソンデは、決してエッセンシャル・オイルを貶めるためのキャンペーンを意図していたわけではないと弁明する。「私は編集部で健康問題を担当している記者なのです。室内での空気の状態がどのようなものなのかということに関心があり、皮膚科医とアレルギー専門医に取材を申しこんだというだけの話なわけで。その取材のなかで彼らは確かに、香水は可能性としてアレルギーを引き起こす場合があると話していました。そしてそのようなアレルギー性を持った匂い分子がエッセンシャルオイルにも含まれているということも。ただエッセンシャルオイルが自然由来だからというだけで、警戒心もなくこぞって使われているというのが現状なのではないでしょうか。ですが自然だから無害というわけではないでしょう。部屋の空気を清浄にしたいからといって消臭スプレーを噴霧するというのは必ずしも正しい行いとは言えないのではないでしょうか。まあときどき使用するくらいならいいかもしれませんが、基本的には換気が推奨されるべきなのではないでしょうか。ちなみに、合成の消臭剤ならいいと言っているわけではありませんからね」。つまりンソンデに言わせれば、エッセンシャルオイルが特定の症状に明らかな有効性が認められるからといって、いつでもどこでも使用していいということにはならないということだ。
ではここで起こっているのはある種の陰謀なのか、そうでないのか。ネット上で行われている署名活動が煽りたてているように、エッセンシャルオイルの自由な販売が脅かされているということなのか。これについて『20ミニュット』と『ルモンド』が記事を出し、こうした懸念は根拠のない噂にすぎないと強調した。そしてこの署名活動(9月始めには228,000人もの署名を集めた)を主導したギョーム・ショパンなる人物が代表を務める自然健康協会も、どうやら実体のない団体であるらしかった。しかしながらこのままエッセンシャルオイルが普及するにつれ、誤用されるリスクとともに中毒の報告が増加の一途をたどれば、まんまとその機に乗じた製薬業界が、エッセンシャルオイルの独占販売権を現在規制されている15種類よりさらに多く拡大しおおせる、という筋書きもじゅうぶんありそうな話ではある(コラム「ところで、そもそもエッセンシャルオイルとは何なのか?」も参照されたい)。
「ところで、そもそもエッセンシャルオイルとは何なのか?」
「定義」エッセンシャルオイル、しかしその呼称とは裏腹に、実はそれはオイルではない。公衆衛生法の定める定義によれば、正確にはそれは「植物ベースの調合物」なのである。この定義の詳細ついて、国家医薬品安全庁(ANSM: Agence Nationale de Sécurité du Médicament et des produits de santé)のサイトには次のように記載されている。「一般的には複合的な組成を持つ香りのある製品を指し、植物学によって定義されるところの植物性原料から得られる。なお取得方法としては、水蒸気蒸留、乾式蒸留、または加熱をともなわない適切な機械的手法によって抽出される場合もある」。
「規制」使用目的や想定される効果によって、エッセンシャルオイルは化粧品、殺生物剤(消臭スプレーなども含む)、植物由来薬品、サプリメント、あるいは一般製品や香水など、適用される規制の種類が異なる。
15種類のエッセンシャルオイルの提供元が薬局のみに限られている理由としては、それらが神経毒性(ヨモギ、ツーヤ、セージ)、刺激性(サビーナ、マスタード)、光毒性(ルー)、発がん性(サッサフラス)といった特性を有していることによる。薬局のみの提供と制限されていない上記以外のエッセンシャルオイルに関しては、「その製品に治療的効果があると記載してはならない。ただし治療的効果が見こめる調剤と保証されている場合はこの限りではない」と、ANSMによって規定されている。
「ケモタイプ」エッセンシャルオイルを選ぶときはその主要化学成分をよく調べ、それがいかなるケモタイプであるかを見ることがまさにエッセンシャルなこととなる。ケモタイプとは、気象条件や土壌の性質、他の植物の存在状況など、対象となる植物が繁茂し生育する環境に大きく影響されるものである。例えばタイム(学名:ティームス・ウルガリス)には、アルファテルピネオール、カルバクロール、シネオール、ゲラニオール、サビネン水和物、リナロール、チモールと、その主要成分によって少なくともこれら7つのケモタイプが存在するのである。したがってボトルを手に取るときはこうした情報があるかを見てみるとよいだろう。
農学技師を務めるかたわら、ブログ「プラント・エッサンシエル」でエッセンシャルオイルの専門家として知られるようになったセシル・マテが、自身のブログ内にとても役立つメモを残している。すなわち、エッセンシャルオイルの主成分がケトン類である場合(ローズマリー、ペパーミント、カンファーのエッセンシャルオイルがこれにあたる)、可能性として神経毒性を持つ場合があり、よって使用は皮膚への塗布に限られるべきである。一方フロクマリン類が含まれる場合は(すなわちベルガモット、オレンジ、アンジェリカ、クミンのエッセンシャルオイル)、光感受性が想定されるため使用から日差しに当たるまでは最低でも8時間はあけたほうがよい。そしてフェノール類が含有される場合は(チモール・タイム、クロブ、オレガノ、サリエットのエッセンシャルオイル)、希釈したうえ短期間での経口摂取にとどめておくのが賢明であろう。モノテルペンを主成分とするエッセンシャルオイル(チモール・タイム)は皮膚に刺激を与える場合があるが、空気中に拡散されることで抗菌剤として役立てられる。名前がよく似ているモノテルぺノールのエッセンシャルオイル(真正ラベンダー、ティーツリー、ローズ・ゼラニウム、シトロネラ)とは混同しないように。これらの製品は化粧品のなかでも最も刺激が少なく、肌への塗布に適している。
何より、決して自己流には陥らず、熟練したアロマテラピーの専門家に何でも相談してみることが肝要であろう。
「それが自然由来だからというだけで、人々は皆警戒することなくこぞって使っています。ですが自然由来だからといって無害であるわけではないでしょう」
ラベル表示の曖昧さ
コンソーシアム・HEはこの問題の先手を取るために、政府機関にあたる競争消費詐欺取締総局(DGCCRF: Direction générale de la concurrence,de la consommation et de la répression des fraudes)、および国家医薬品安全庁(ANSM: Agence Nationale de Sécurité du Médicament et des produits de santé)と議論の場を取りつけた。「エッセンシャルオイルがアロマテラピーに使われるケースのみに適用される、固有の規制が制定されることが望まれています」とコンソーシアム・HEのスポークスマン、ジャン=マルク・ジルーは述べる。「現状では、消費者がアロマテラピーに使うためこれらの製品を買おうと手に取るときに、その製品が健康に寄するものとはっきりと示すことのできる明確なラベル表示ができない状態なのです。それを実現するためには固有の規制を設けることが必要となってきます。すでにそうされている15種以外も薬品の独占下に置いたとしても、今日の消費実態に対する明白な解決策になるとは思えません。エッセンシャルオイルを薬品に指定したからといって、誤用を防げるというものでもないでしょう」。
実際2017年10月、アロマ・ゾーンは親会社のハイテックを通じて、まさにこのラベル表示の曖昧さを理由にANSMより警告を受けていた。このときANSMは、アロマ・ゾーンが本来取り扱う「化粧品以外の目的で、商品が市場に流通してしまっているのではないか」と指摘したのだった。しかしこれに対しオード・マイヤールは同社を擁護し、「アロマ・ゾーンのように信頼できる情報を発信し、価格と質のバランスの取れた優れた商品を提供してくれる小売店が存在すること自体が幸運なことなのです。すべての販売業者がそうというわけではありませんから」と請け負う。「このような警告はエッセンシャルオイルの流通そのものを阻害するものに他なりません。そしてその阻害が最終的に行きつく先は、消費者たちのもとなのです。こうした法律上のエアポケットを巧みに利用して、規制当局はアロマテラピー業界を罰しようとしているのです」。2018年7月にここで問題となっているラベルの製品情報が正常化されたとANSMのサイトで発表された。「アロマ・ゾーン側には大きな問題はなかったと思います」と、ジャン=ミシェル・モレル医師もそう述べる。「私としてはむしろ現在インターネットで販売されているような、自分に合った座薬を作るための型など、薬品関連の製品のほうがどうなのだろうと首をかしげたくなることがよくあります」。
有効成分への理解が進んで
パリの理学療法士、カチア・ケルモアルによれば、「医療業界は自分たちの制御のおよばないものに対ししょっちゅう難癖をつけているのです。こうした攻撃は、自分たちの患者が伝統的な医学に見切りをつけ代替医療に鞍替えする様をただ見ていることしかできない医師たちの、お門ちがいなやっかみでしかありません」。医薬品のメディエーター、レボチロックス、デパキンなどをめぐって過去に起こったスキャンダルも、この鞍替えを大いに後押ししたことだろう。 だがエッセンシャルオイル販売業者の信用失墜をたくらむ製薬業界の陰謀、とまで果たして言ってよいものだろうか。「陰謀などとはまったく思いません」、ジャン=マルク・ジルーはあくまでも冷静だ。「それにコンソーシアム・HEのメンバーの一部はまさにその製薬畑の人間です」。例えばピエール・ファーブルはフィトテラピーとアロマテラピーの自社ブランド「ナチュラクティブ」を立ち上げ、ジャン=ミシェル・モレル医師がその顧問のひとりを務めている。「あまり陰謀論に傾倒しすぎぬように」とモレル医師は警告する。「製薬業界がアロマテラピーの成長を恐れているようには私には思えません。その気になれば製薬業界がアロマテラピー市場に参入するのは造作もないことだからです。今はただ、バイオテラピーやワクチンなど収益性の高い部門への投資が優先されているというだけのことでしょう。とはいえ植物由来成分の研究はますます活発に行われておりますし、核磁気共鳴(RMN: résonance magnétique nucléaire)やクロマトグラフィーといった技術の恩恵も手伝って、その有効成分への理解はますます深まっています。オーストラリアではティーツリーの研究が重要視され、多額の資金が投入されています」。
「どのような薬品にだって、使用方法に応じたリスクがつきまとうものです。副作用のない薬なんてありません」とオード・マイヤールは強調する。「その点エッセンシャルオイルには、きちんと用法を守りさえすれば副作用はないのです」。しかし大手製薬会社が研究に投資しなければ、すなわちそれによってデータがそろい科学的根拠が得られなければ、医療当局はエッセンシャルオイルの有用性に対し疑いの目を向け続けるだろう。これでは悪循環が続くばかりである。 したがって、大学の専門課程でその知識を世に伝えることが今後の急務となるだろう。とはいえ、そうした講座の多くが既卒の医師や薬剤師にしか開放されていないという現状もある。関係者はアロマテラピー関連の製品が医薬品と同等に扱われることを求めているわけではないが、アロマテラピー製品にのみ適用される固有の規制が設けられることを望んでいる。結果的にそのことが、信頼性の低いオンライン授業の横行を防止することにもつながるからだ。「エッセンシャルオイルをおすすめするときには、その使用方法も必ず教えています」とカチア・ケルモアルは証言する。「肌に塗るときには絶対に単体では使用せずに、必ず中性のオイルといっしょに使用しましょう。事前にひじの内側や手首に少しつけてアレルギーが起こらないかチェックするのも忘れずに。ディフューザーで使用する際はオイルを加熱することになりますが、加熱しすぎて燃やさないように。夜通しつけっぱなしにするなどということも絶対に避けてください」。妊婦や子どもに関しては、少しでも心配に思うのならばエッセンシャルオイルの使用は控えたほうが賢明であろう。少なくとも、「思春期前の男の子が長時間ラベンダーのエッセンシャルオイルを使用するなどということは避けられるべきでしょう」と、そう言いながらジャン=ミシェル・モレル医師は過去の事例を思い出させる。いずれにせよ、決して魔法でも万能薬でもないこの液体に過度な期待をもって飛びつく前に、いったん冷静になり、常識的で理性的な判断を働かせることが求められているのではないだろうか。
大手製薬会社がエッセンシャルオイルの研究に投資しない限り、医療当局はその有用性に疑いの目を向け続けるだろう。これでは悪循環が続くばかりである。
翻訳:藤原寛明