香りの文筆家 ジャン=クロード・エレナ

「匂いは言葉、香水は文学」

今活躍する中で最も偉大な調香師の一人とも言われる、ジャン=クロード・エレナさんの言葉です。 匂いという言葉を巧みに使い、その時々の移ろう景色を見せ、感情を揺さぶる香水という文学を作る調香師は香りの文筆家であると彼は捉えているそうです。

彼は調香師を始め数々のヒット作を作った後、エルメス専属の調香師へ、その後2016年に専属調香師を引退し、現在はフリーランスとして調香師のサードライフをスタートしました。
そんな彼のサードライフ最初の作品の中の一つであるLABORATORIO OLFATTIVOのマスターズコレクション、Tuberosis、BalifloraPerris Monte CarloからRose de Mai、Jasmin de Payがノーズショップの仲間入りをしました。

今回はそんな香りの文筆家、ジャン=クロード・エレナさんの香り創りに向ける信念を

1.ジャン=クロード・エレナってどんな人?
2.ミニマルな香りたち
3.香りに持たせる余白
4.今回の作品群について

この4つの視点で今回の新作を例に彼の著作などからみてみたいと思います。

1.ジャン=クロード・エレナってどんな人?

ジャン=クロード・エレナさんは1970年代から調香師として活躍を始めこれまで、ブルガリの大ヒット作の一つである、緑茶の香り「オ・パフメ・オーデヴェール」の製作や史上初めてのエルメスの専属調香師として「ナイルの庭」を始めとする「庭園シリーズ」などエルメスのほぼすべての香りを作りました。
きっと香水に興味を持たれたことのある方なら、一度はこの方の作った香りのことを聞いたことがあるのではないかと思います。
先述のように、今はエルメスの調香師を引退なされフリーランスの調香師として再出発なさっています。

このように、数々の名作を生み出し長年第一線で活躍し続ける彼の香りのスタイルはミニマルな香料を使い、洗練された香りを作るということです。主役を引き立てるようなどれも透明感のある香りです。
そして、このスタイルの原点は20世紀に活躍した師匠のような調香師であるエドモン・ルドニツカさんにあるといいます。

2.ミニマルな香りたち

彼の著作『調香師日記』にエドモン・ルドニツカさんから受け継いだことについて語っている一節があります。
「ルドニツカから受け継いだものはーその中からいかに選りすぐってもキリがないほど厳選して減らした香料のコレクションをもとに、処方箋をミニマルにすることで簡潔さを目指すこと。」

百近い香料で構成されることもある香水、それを彼は20-30近い香料で作り上げるといい、彼が常に持っている香りのコレクションは数百あったものから減らし、200以下になっているそうです。
その洗練のされ方をPERRIS MONTE CARLOのRose de Maiを例にとって見てみましょう。

PERRIS MONTE CARLO|ローズ ドゥ メ(5月の薔薇)

NOTES:ローズアブソリュート、イモーテル、ゼラニウム、ムスク

まさかの4種類。 ノーズショップ史上最もシンプルな構成じゃないでしょうか…!
調香師日記を読んでみると、複数の香料を使って1つの香りを再現することをお勧めしているので、実際にはもう少し入っているとは思いますがこの洗練のされ方、他のものとは一線を画したものとなっていると思います!

なぜ少数の洗練された香りを使うのか、それはメインの香りを引き立たせるためだそう。
ここではグラースを代表する花の一つの5月の薔薇にフォーカスを当てて、ローズアブソリュートと他の香りがそれを引き立てる構成になっています。
5月の爽やかな空気をまとったほのかに甘くすっきりとした薔薇の香りで、ムスクやゼラニウムは引き立てられています。

このシンプルな香りのせいか彼が伝えたい景色がシンプルに、スッと頭に浮かぶような気がします。

3.香りに持たせる余白

彼は著作『調香師日記』によると香水を作る際にあえて余白をつくっているそうです。
それは、使う人に向けて柔軟に使えるようにする余白です。
ではそれをLABORATORIO OLFATTIVOのTuberosisから見てみましょう。

LABORATORIO OLFATTIVO|チュベローシス

NOTES:チュベローズアブソリュート、カーネーション(インド産)、コリアンダー、スパイス、ムスク

これもまた、洗練された構成になっています。5種類の香料にメインになっているのはチュベローズアブソリュートとインド産のカーネーションです。

チュベローズは夜に咲く濃厚な香りのするお花で、一般に女性向けとされることが多い香りです。 しかし彼は私たちが決めてしまいがちな香りの「女性らしさ」や「男性らしさ」に対して『調香師日記』では自由になるように香りを作っていると仰っています。
「(作る香りは)ほとんどが使う人を選ばない香りである。幅広い層に向けた香水ならば、私は必ずそこに女性っぽさを忍ばせる。反対には男性っぽさを演出する。こうあるべきというモードならではの約束は、破るため、遊ぶために作られているようなものだから、レディス、メンズ、ボーダーレス、ユニセックスなどと、香水がジャンル分けされていたとしても、それを鵜呑みにするつもりはない。どうジャンル分けされていようが、使い方は人それぞれ」

このように女性らしいと言われがちな香りであるチュベローズにスパイスとカーネーションを合わせてひねりを加えた男女問わず使える透明感のある淡く、キリッとした香りになっています。

また店頭に立っていて、「水彩画のような淡いチュベローズ」や「スパイスの効いたセクシーな香り」など様々な感想をいただく香りです。
まさに纏う人によって印象がガラッと変わる余白のある香りです。

彼の作品はユニセックスでもなければジェンダーレスでもない全てにおいてニュートラルな香りで使う人のためのスペースを作り、すべての人に対して開かれた香りになっています。

4.今回の作品群について

最後に抜粋ですが、香水のポータルサイトであるfragranticaのインタビューから、彼の今回の作品に対する思いや、調香スタイルについてみてみたいと思います。和訳頑張ってみましたが、違ってたらごめんなさい。

Ksenia Golovanova(インタビュアー):
あなたの調香スタイルはしばしば、ライトでエアリー、そして水彩画のようであると言われる。そして今、それは使い古された決まり文句だ。
あなたの最近の作品であるペリスモンテカルロやラボラトリオ・オルファティーボ、そしてフレデリックマルのローズ&キュイールも同様に、これまでの他のどれにも当てはまらない。その作品たちは重く、密度があり、顔料のようだ。絵で例えるならばこの作品群は油絵だ。
Your perfumer’s style is often described as light, airy, watercolour-like — by now, the metaphor has become a threadbare cliché. But if we look at your recent works for Perris Monte Carlo, Laboratorio Olfattivo and the same Rose & Cuir for Frédéric Malle, this good old description just doesn’t apply anymore. They have so much more weight, density, pigment. If they’re paintings, they’re oil paintings.

Jean-Claude Ellena:
新しい香水の作り方を模索していた。私は新しいこと、違うことに挑戦したい。そう、遊びたいんだ。私は遊ぶことが好きだ。

Thing is, I'm looking for a new way to make perfumes. New to me, that is. I want to try new, different things, I want — yes, I want to play. I like to play.

Ksenia Golovanova:
人々にどのような反応を「新しいエレナ」にしてほしい?あなたは生きる伝説だ、あなたのプロジェクトは注目を浴びる。そこには必ず期待が投影される。
How do people react to this 'new Ellena'? You're a living legend, your projects are high-profile. There must be expectations and projections.

Jean-Claude Ellena:
私は人々が期待を投影することに関して気にしない。それは人々の問題であり、自分のものではないからね。(笑)知ってるだろう?私は自由な人間だ。そして私の自由が顧客との信頼を築き広げていくのを考えることが好きだ。多分顧客さんたちは私のやっていることが好きでいてくれるだろう。もし嫌いでも、私は私のしていることに誠実でありたいし、私の仕事のやり方は正しいと考えている。リスクをとるか、同じことを仕事でし続けるかだとしたら、私はリスクをとるだろう。私は過去の私をコピーしたくはない。いつもインスタントで、簡単な方法には手を伸ばしていたくはない。
I let them expect and project. I don't mind. It's their problem, not mine (laughing). You see, I’m a free man. And I like to think that my freedom extends to my relationship with customers too. Maybe they like my work, maybe they don’t, but what I do I do honestly and the way that I think is right. One can risk, or do the same thing over and over again as long as it works. I prefer to take the risk. I don’t want to copy myself, always reaching out for that instant, easy recipe.

彼の持つ透明感はそのままに、たしかに庭園シリーズのようなこれまでの作品とは一線を画す重みのある作品へと仕上がっています。

調香師日記で、ジャン=クロード・エレナさんはパリでの5月革命を経験していることを記しています。監修の新間美也さんも仰るように、そこできっと彼は他のフランス人のように自由を好み、切り開く精神を持つ人であることを身につけたのではないのでしょうか。

そしてこの精神が調香師として新しいステージに登った彼にまだ宿っていることがこのインタビューからうかがい知ることができたと思います。

是非この機会に自由を愛し、新たな局面に突入した彼の表現の一端に触れてみてはいかがでしょうか。

以下参考させていただいたものです。
ご興味があれば、ぜひ読んでみてください!

Jean-Claude Ellena, 2011, Suivi d’un abrégé d’odeurs (大林 薫訳 新間美也監修, 2011, 『調香師日記』原書房)
Jean-Claude Ellena, 2007, Le parfum(芳野 まい訳,2010,『香水-香りの秘密と調香師の技』 白水社)
Edmon Roudnitska, Le Parfum (曽田 幸雄訳,1988,『香りの創造』, 白水社)
Igor Masyukov, Ksenia Golovanova, Matvey Yudov, 2019, “I want to play: Jean-Claude Ellena on Freedom, Professional Jealousy and His Newest Rose & Cuir”, Fragrantica, September 19 2019,(Retrieved September 25 2019, https://www.fragrantica.com/news/I-Want-to-Play-Jean-Claude-Ellena-on-Freedom-Professional-Jealousy-and-His-Newest-Rose-Cuir-12731.html )
Garsende Ramburg,2019, “Le nez d’hermes, Jean-Claude Ellena, parle du vin”, La revue du vin de france, (Retrieved September 25 2019, https://www.larvf.com/,vins-parfums-jean-claude-ellena-parfumeur-hermes-luxe,4517517.asp )