連載【私の鼻】アーティスト Keeenueさん 〜 #05 香りが想像を広げる 〜
各界で活躍する目利きのプロフェッショナルたちが気になる香りを深堀りする本連載。第5回は、誰もが目を引く鮮やかな色彩構成と、描かれたモチーフ同士が呼応しているような伸びやかで生き生きとした作品を生み出す若手アーティストKeeenue(キーニュ)さん。グラフィティアートからインスピレーションを受けた香水ブランド「Step Aboard(ステップ アボード)」とKeeenueさんのコラボレーション展示を、NOSE SHOP 渋谷にて、この夏実施いたしました。アーティストとしての信条やコラボレーション展示の制作秘話、香りの取り入れ方について伺いました。
「自分にとって新しいこと」へ常に挑戦
ー Keeenueさんはその鮮やかで独創的な世界観が国内外で支持されています。アーティストとして具体的にどのような活動をしているのでしょうか?改めて教えてください。
壁画制作やペイティング、アートワークの提供などを行っています。近年はさまざまな企業さんやブランドさんとのコラボレーションも増え、さらに制作の幅が広がりました。最近は立体作品にも挑戦しています。
― そもそも、Keeenueさんはなぜアーティストを志したのでしょうか?
小さい頃から絵を描くのが好きだったんです。高校生になり進路を考えたとき、将来は絵やデザインに関係にする仕事に就きたいと思うようになりました。美大に進学後は、制作した作品をたくさんの人に見てもらいたいと思い、「Keeenue」という名前で制作活動を始めました。 当時、アーティストの田名網敬一さんのアシスタントをさせていただき、多くの刺激を受けましたね。世界的に活躍する姿を間近で拝見し、アーティストという職業に憧れ、志す決意をしました。
― 作品を制作する上で、インスピレーション源として大切にしているものはありますか?
普段の生活で見聞きするものは、何でもインスピレーションになると思っています。なかでも惹かれるのは、自分のなかにないもの。新しいものに出会ったときはリサーチして深堀りして、作品に取り入れています。何が作品の源になるかわからないので、常にいろいろなモノやコトをリサーチしてストックしていますね。
― ストックしたインスピレーション源をもとに作品をつくり上げる際、大事にしている信条を教えてください。
いつも新しいことにチャレンジしたいと思っています。人から見た「新しいこと」に捉われず、「自分にとっての新しいことは何か」を自問自答しながら制作しています。例えば、ペインティングの新たな工夫など、「パッと見ではわからないけれど新しいこと」も積極的に取り入れています。
ー Keeenueさんは初期の頃、デジタルで制作した絵をキャンバスに移してトレースするという技法を用いられていたかと思います。現在は主にキャンバスに直接ペインティングして作品を完成させていますが、こういった技法の変化も「新しいこと」への挑戦ですか?
そうですね。同じ描き方だと私自身がすぐに飽きてしまうんです(笑)。他のアーティストの作品は購入してからずっと好きな気持ちのまま鑑賞できますが、自分の作品は見ているうちに「もっとこうしたい」という気持ちが湧き上がってしまって。常に作品をアップデートしきたいという気持ちが強いので。キャンバスに描くだけでなく、立体やデジタル作品、壁画、空間演出といったさまざまな表現方法に挑戦しているのもそういった理由からです。
「視覚 × 嗅覚」の実験的な試み
ー 今年8月に行った「Step Aboard × Keeenue コラボレーション展示」についての制作秘話や感想についてお伺いできればと思います。「Step Aboard」はグラフィティーアートに使用されるスプレー塗料缶のような斬新なビジュアルの香水ですが、初めてご覧になったとき、どんな印象を持ちましたか?
「これは何だろう!?」とびっくりしました(笑)。NOSE SHOPさんにご紹介いただいたので、当然香りに関するものだとは思ったのですが。こういうスタイルの香水って他にないですよね?グラフィティアートからインスピレーションを受けた世界観がとてもかわいいと思いました。
ー 今回の展示では、1枚の作品に異なる2つのタイトルがつけられています。イメージのもととなった2つの香りがあり、鑑賞者はその香りを嗅ぎながら作品を鑑賞。1つの作品から2つの物語を想像するという新しい試みを実施していただきました。なぜ、このようなコンセプトに至ったのでしょうか?
コロナ禍に時間ができ、前から興味のあった香りについて自分でいろいろと調べていたところ、視覚の次に記憶や感情への影響が大きいのが嗅覚だと知りました。私自身はこれまでほとんど視覚を頼りに制作してきましたが、視覚だけでなく嗅覚にも訴えかける作品ができないかなと考えていたところ、タイミング良く今回のお話が舞い込んできました。 香りや嗅覚について調べていたとき、おもしろい実験がありました。ワインのテイスターに、白ワインと赤く着色した白ワインをテイスティングさせたところ、後者を本物の赤ワインとして評価してしまったそうなんです。視覚によって、嗅覚が鈍ってしまう点がおもしろいですよね。逆に嗅覚が視覚を誘導することができたらと思い、今回のコンセプトを思いつきました。
ー 制作において難しかったことや新しい発見はありましたか?
自分でコンセプトを考えたものの、やってみたらすごく難しかったですね(笑)。当然ながら、私は香りをいじることはできないので、コントロール可能な絵とタイトルを微調整しながら、香りのイメージに近づける。常に全体を俯瞰しながらじわじわと進めるという方法はとても新鮮でした。 まず、「朝:夜」など、対になるワードをたくさん書き出し、そのなかから香りのイメージにフィットするものを選び出しました。反対に、香りを嗅ぐことで自然に想起するワードがあれば、それも取り入れて、並行して絵を描くという感じでした。最終的に 「Step Aboard」の5つの香りを、5つの作品と10のタイトルを通して交差させるという作品が完成しました。
ー Keeenueさんの作品は、鑑賞者が描かれているモチーフを自由に想像できるところも魅力の1つだと思います。ご自身では、具象と抽象の境界で意識していることはありますか?
意味を持つ絵と、機械的な柄、パターンの間の表現をいつも模索しています。作品のシリーズ全体のコンセプトは書くことがありますが、「この絵が何を表現しているか」は鑑賞者の想像力に委ねたい。普段はタイトルが唯一のヒントですが、今回の展示ではさらに香りもヒントになったのかなと思います。
ー 実際に公開制作を拝見し、遠くから絵を見たり、スマホで作品を撮影してモノクロに変換しているKeeenueさんの姿が印象的でした。
大学でグラフィックデザインを専攻していたからか、作品全体のバランスを良くするように心がけています。遠くから見て配色を考えたり、モノクロ変換して絵の明度を見て「ここは暗いから明るさを取り入れよう」とか。ただ、バランスを取りすぎると絵のおもしろみがなくなってしまうので、あえて崩す作業もします。
ー 今回1作品については、NOSE SHOP 渋谷にて2日間の公開制作をしていただきました。作品の完成というのは何をもって決めるのでしょうか?
作品の完成のタイミングはいつも悩みます。締切がなかったら永遠に描き続けてしまうかもしれません(笑)。作品をブラッシュアップするために、気になる箇所を消して描き直したくなってしまうんです。でも、これまでの経験から、今の状態が一番ベストだと思うタイミングで自分にストップをかけるようにしています。
ー 調香師の方も目指すベストの香りを探りながら、試作品を何度もつくり直したり、香水が完成してからも時間を置いて改めて香りを試して、調香を整えたりするそうです。これはものづくりをする人ならではの共通するフローなんですね。
香水づくりとリンクする部分があるのかもしれません。調香師さんとぜひ一度お話ししてみたいですね(笑)。
ー 改めて、今回の展示・作品を通して伝えたいことを教えてください。
1つの作品から2つの物語が想像できる、香りによって嗅覚に訴えかけるという、私にとっての実験的な試みを自由に受け止めていただけるとうれしいです。会場でお客さんと話したら、私とは違う目線で見てくださったり、2つあるイメージの一方の印象が強いという方がいたり。さまざまな想像力を膨らませた感想が聞けてとてもうれしかったですね。
「自分がイメージする自分」に近い香りを選ぶ
ー Keeenueさんは香りをどのように取り入れてきたのでしょうか?
今までは日常的に香水をつけたり、お香を焚いたりしていました。ただ、きちんと調べて買うのではなく、お店で気に入ったものがあったら買うという感じでしたね。それが、コロナ禍で時間ができてからは自分で調べたり、香水のサンプルを取り寄せたり、香水のお店に行くように。着る服や化粧品と同じように、きちんとこだわって選びたいと思うようになったんです。調べるのが楽しくて、香りの世界はハマったら抜け出せなくなりそうです(笑)。
ー 香水に興味を持つきっかけは何かあったのでしょうか?
少し前からクラフトビールにハマり、ビールの材料に何が使われているのかを調べるようになったんです。その流れで、香水に使われている香りを調べるのが好きになりました。もっと詳しくなって、それぞれの香りの特徴がわかったらさらに香水を楽しめそうな気がします。 以前、NOSE SHOP横浜店を訪れていろいろ試したなかでは「Maison Louis Marie(メゾン ルイ マリー)」が気に入りました。
ー 好きな香りの基準と系統を教えてください。
「自分がイメージする自分」に近い香りを選んでいます。系統で言うとウッディ系やグリーン系ですね。
ー 今回コラボした「Step Aboard」のなかで特に好きな香りはどれですか?
1つは「ボスコ・ソスペーゾ|垂直の森」。目覚めの瞬間に使いたくなるさわやかな香りですよね。 もう1つは「ミラノ・チェントラーレ|ミラノ中央駅」で、お家でのくつろぎタイムで使いたいです。「ミラノ中央駅」という名前がおもしろいですよね。「どういうイメージで調香したんだろう」と想像が膨らむ香りでした。
ミラノの街の香りと空気を缶の中に閉じ込めるというコンセプトのもと生まれたStep Aboard。ガスを使わず空気を圧縮して噴き出す特殊構造をもつスプレー缶で、逆さにしても使用可能。美しくも細やかな連続的な霧状の噴射ができる。オードパルファム 150ml 12,000円。
ー Keeenueさんはどんなシーンで香りをまといますか?
香水は外に行くときはもちろん、制作の前につけてやる気を出したり、眠いときにシュッと吹きかけてリフレッシュしたり。リラックスタイムにはお香を焚くことが多いですね。
ー アーティストとして香りを使ってやってみたいことはありますか?
今回のようなアートと香りを組み合わせること以外で、新しいことをやってみたいですね。香水そのものをつくることにもとても興味があります。
Keeenueさんにおすすめの新しい香り Selected by NOSE SHOP
ー Keeenueさんの香りの好みをうかがった上で、NOSE SHOPから新たな香りの提案をさせていただきます。まずは、「Maison Louis Marie(メゾン ルイ マリー)」の 「No.2 ル ロン フォン|ル ロン フォン植物園」です。スイッチをオフにするときの香りを特に大切にされている印象があったので、落ち着きと安らぎを与えてくれる「ヒノキ」がメインの香りを選びました。
パフュームオイルは使ったことがないので気になります。バスタイムを想像するような優しい香りですね。寝る前に使ったら、安眠できそうな気がします。
ー 次は、NOSE SHOPがプロデュースするフレグランスブランド「KO-GU(コーグ)」から。全33種の香りがあり、単品使いはもちろん、複数の香りをレイヤリングすることもできます。アート作品のように想像を膨らませながら、組み合わせを楽しめるのが魅力の1つです。今回は「シナモン」「サンダルウッド」をご用意しました。
33種もあったら、いろいろな組み合わせを楽しめそうですね!ぜひやってみたいです。この「シナモン」は東洋の温かい雰囲気とエキゾチックな感じがします。今すぐ海外旅行に行きたくなりますね(笑)。私はナチュラル系の香りを買うことが多いですが、「シナモン」みたいな甘辛い香りを身にまとってイメチェンするのも楽しそう。今後はこういう尖った香りも試していきたいです。 2つの香りを組み合わせると「シナモン」のスパイス感が柔らかくなって、落ち着く香りになりますね。自分だけのお気に入りの香りを見つける楽しみ方ができるのは、とてもおもしろくていいなと思いました。
フランス植物学の父として知られるルイ=マリーの子孫が手がけるMaison Louis Marie。それぞれの香りには、一族にゆかりのある採集地や最終対象の植物の名がつけられている。「No.2 ル ロン フォン|ル ロン フォン植物園」は躍動感のある清々しいウッディーノートが特長。オードパルファム 50ml 16,500円、パフュームオイル 15ml 9,900円
KO-GU(コーグ)は生活の道具としての香りを提案する、日本生まれのデイリーフレグランスのブランド。 香水の本場であるフランス・グラースで調香した天然香料を主体に日本でプロダクトを生産。シンプル・クリーン・ナチュラルな優しい香りを、日常使いしやすいフェアな価格で提供。オードパルファム 20ml 4,180円
ー では、最後に今回のコラボレーションを通しての感想をお聞かせいただけますか?
まさか香水ブランドとコラボさせていただけるとは思っていなかったので、連絡をいただいたときはびっくりしました。私の作品の世界観とも通じる、ストリートでポップ、グラフィティーアート的な要素もある「Step Aboard」とコラボできてとても光栄でした。自分の世界がまた一歩広がったような気がします。 今回、世界中にはさまざまなニッチフレグランスがあると知ったので、今後たくさん試して比べてみたいですね。今は気になる香水ばかりで…。また、NOSE SHOPに行ってじっくり嗅ぎ比べたいと思います(笑)。
PROFILE:Keeenue
1992年神奈川県藤沢市出身。Keeenueは本名KANAのカタカナ読み(ケーエーエヌエー)からできた造語。壁画制作やペインティング作品の発表、アートワーク提供など国内外問わず様々な活動を展開。具象でありながら抽象絵画のような独創的で鮮やかな世界観は鑑賞者のイマジネーションを誘発しそれぞれの捉え方や気づきを与える。NIKE、FACEBOOK、SHAKE SHACK、ABC-MARTなど数多くのコラボレーションを手掛け注目を集める。 1992 神奈川県藤沢市生まれ 2016 多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科卒業 鎌倉市在住
Instagram:@keeenue_
photo|Takuya Nagata
text|Miho Kawabata
interview|NOSE SHOP
「Step Aboard × Keeenue コラボレーション展示」 作品一覧