イカの香水?Zoologist|スクイッド

ノーズショップで扱う香りはご存知の通り個性いっぱい。
各香りのキャプションは詩的とご好評いただくことも多いです。
そのキャプションに収まりきらないものすごく濃密な物語が繰り広げられている香りがほとんど。
そこで!今回は一つの香りを掘り下げて、作り手が伝えたいことや洒落などが詰まった一つの香りにフォーカスして掘り下げる、「1つの香りをディグってみよう」を不定期でスタートさせたいと思います!
ディグとは、ヒップホップの用語でDJがレコード屋で誰も知らない良い音を求めて堀り探る作業のことを英語で掘るという意味のdigから「ディグる」と言っていました。
ポケモンのディグダのディグですね。

ノーズショップの数百の香水の中からお気に入りの一本を探す作業もきっとあなただけのディグる行為ではないでしょうか。
数百本のうちの1本にまつわる香りやそのストーリーについてさらにディグってみませんか?

今回はラインナップの中でもニッチオブニッチなブランド、ZOOLOGISTのスクイッドにフォーカスを当てたいと思います!
隠れたファンの多いこちらの香りをブランドの概要、香り、そのバックグラウンドなどの視点からご紹介します。
まずはブランドの説明から始めましょう!

ZOOLOGISTってどんなブランド?

ZOOLOGISTは2013年にカナダで発足したニッチフレグランスブランド。立ち上げたのはヴィクター・ウォンさんという香港生まれ、カナダ育ちの方です。
ヴィクターさんはもともと別のお仕事をされていましたが、香水好きの熱が爆発、お仕事と並行してこのブランドを立ち上げました。
その香りはヴィクターさんの香水コミュニティでできた数多くの調香師のお友達に依頼し、作ってもらうというシステムです。
イラストも同様に彼のお友達に描いてもらっているそう。

 

ズーロジストの香水は動物の振る舞いやルックス、習性を再現するというもの。 あるひとつの動物をテーマにその動物の面白いところ、美しいところ、はたまたショッキングなところまでを表現した香水を作るブランドです。
ムスクなどの動物の香料が使われていますが、動物由来の香料はエシカルな観点から使用せず、合成の香料で代用しています。
ズーロジストの香りはパンダ、サイ、ビーバーから始まり、中にはティラノサウルスまで今では20種類近くの動物が生息しています。
その中でもSquidは2019年の末にリリースされた比較的新入りのイカの香り。
水生動物では初めての香りでした。
それでは本題の香りについて見てみましょう。

ZOOLOGIST(ズーロジスト)|スクイッド

NOTE:
トップ|ピンクペッパー、ソーラーサリチレート、フランキンセンス
ボディ|ブラックインクアコード、ソルティアコード、オポポナックス
ベース|アンバーグリス、ベンゾイン、ムスク

 

調香師:セリーヌ・バレル

イソップのタシットやジョーマローンのバニラ&アニスなど、数々のヒット作を生み出してきた調香師セリーヌ・バレルさんの作品です。
このスクイッド、香水のグラミー賞とも言えるThe Fragrance Foundation Awards 2020で、技術力と嗅覚体験として画期的な香りに贈られる賞Perfume Extraordinaire of the Yearをコム・デ・ギャルソンのCopperやフレデリック・マルのRose&Cuirを抑え受賞しています。

この香りで特徴的なのは、イカスミをイメージしたような、ブラックインクアコードやお香のフランキンセンス。
それだけでなく、ソルティアコードで海を表現したのでしょうか。
ちなみにベースのアンバーグリスはマッコウクジラから取れる結石で甘い香りがします。
このアンバーグリスは先ほども言ったように残虐性などの観点から合成のものを使用しています。

香り全体に感じたのは、樹脂質な甘さと柔らかいスモーキーさ。
一吹きして最初に感じたのは、ピリッとしたレッドペッパーと*ソーラーサリチレートの刺激的な滑り出し。
その背後に海中で放たれた墨のようなもくもくとしたブラックインクアコードが影を見せ、その根底に甘さや塩気が感じられる3層構造のような感覚を鼻を通して覚えます。

  • *エアリーな効果を香水に与えてくれる香料。塩気やグリーン、花のような側面をもつ。zoologist blog:An interview with Celine Barel, the perfumer of Zoologist Squidより引用)
    10分ほど経つと甘みが際立つじわ〜っとした感じ。少し塩辛さも感じられます。このじわ〜っとした甘みがアンバーグリスなのかなと思います。

    イカスミのようなインクの香りや塩気はなんとなくわかりますが、トップのペッパーやアンバーグリスの甘みはなぜイカの香りを作り出すのに必要だったのでしょうか。 それをキャプションから考えてみたいと思います。
  • 月の綱引きで海が隆起し、波の下をイカの群れが弾丸のように突き抜ける。突如現れるクジラの黒い影。スミを吹き出して撹乱するも、飲み込まれ咀嚼される。波間に漂う戦いの異物は数十年の時を経て竜涎香となる。

この香りイカとクジラが戦ってるところを再現した香りなんです。しかもイカは食べられちゃっています。
トップのペッパーたちのピリッとした感じはこの物語の序章で使われた戦いのことをイメージしたのかと思います。
バチバチ散る火花のような感覚のように感じられます。
そして、次のインクは言うまでもなく、戦いの最中で吐き出されたイカの墨を表現し、食べられたあとをアンバーグリスで表しているようです。
なぜ食べられるバットエンドまでこの香りに込めたのか。
それはアンバーグリスという香料に由来します。

アンバーグリスとは竜涎香とも呼ばれる香料で、発生する過程の多くはいまだ未解明の部分が多いのですが、主な説ではマッコウクジラの食事後、胃のなかで消化できなかった骨を体内の分泌物で結晶化、それをクジラが吐き出し海中を漂流しているうちに日光と酸素によって酸化、熟成されることで生まれるものです。
このような偶然の産物として生まれることから、アンバーグリスは金よりも高価とされ、近年ではタイで100kgのアンバーグリスが発見され、その価値は3億円を超えるとも言われたそう。
ちなみにマッコウクジラの名前の由来の抹香はこのアンバーグリスからきています。
そしてこのアンバーグリス、消化できなかった餌を結晶化させたと言いましたが、その中からはイカのクチバシが多く見つかるそう。
マッコウクジラの主食はダイオウイカであり、アンバーグリスの主原料はダイオウイカでした。
食べられることにも意味が込められていたんです。

なぜ、イカの香りができたの?

ここからはスクイッドの香りが生まれるまでを、ZOOLOGISTのオフィシャルページ、ブログのセリーヌ・バレルさんへのインタビューを引用しながらみてみたいと思います。
  • ズーロジスト:なぜイカを香水にしようと思ったのですか?
    And why did you choose Squid?

    セリーヌバレル:私は本当にイカの香りについて取り組んでみたかったんです。 ある人は「イカ!?うぇ〜誰も魚市場みたいな香りなんで嗅ぎたくないよ!」なんて言うけど、私にはそんなリアクションをとるのか理解できなかったんです。
    I absolutely wanted to work on Squid. Some people were saying to me, “Squid? Yuk! No one wants to smell like a fish market!” I cannot understand how people can get so literal!

    セリーヌバレル:すぐに私の頭の中にはジュールヴェルヌの海底2万里の恐ろしいダイオウイカが深海からやってくることが頭に浮かんだんです。そして、それは日本や中国に連れて行ってくれた気分にしてくれました。*なぜなら、おそらくダイオウイカがその辺りに生息しているとだろうから。だからインセンスのアコードを使わなければならないと思いました。
    (*河村注:ダイオウイカは大西洋、ハワイなど世界中で発見されるが、日本海、小笠原諸島などで発見されることも多い。)
    Immediately, in my mind I was in Jules Verne’s A Thousand Leagues Under the Sea, with a frightening giant squid coming from the deepest part of the ocean. It took me to Japan or China, as supposedly the giant squids live in those waters, so I knew there should be some incense in the accord.

    セリーヌバレル:イカの骨はアンバーグリスの元になるもの。マッコウクジラが作り出す脂肪質が骨を包んでできます。
    そして同時に数ヶ月前、私はドバイのニッキビーチで泳いでいると私は大きいイカの骨を踏んで足を怪我してしまったんです。
    それを嗅ぐととてもいい香りで、辛味が強く、そしてトンカビーンのように甘くざらついており、とても塩辛くアンバーグリスよりも生々しい香りでした。
    私はその骨をもって帰り、*ヘッドスペース分析にかけました。

    (*河村注:ヘッドスペース法は対象物から揮発するものを分析する手法 ヘッドスペース=上の空間 とは、揮発して上に登るものを分析することに由来する。)
    Squid bone is the starting point for ambergris: the sperm whale produces a fatty substance to wrap the bone. And coincidently, maybe a month before receiving the Squid brief, while I was swimming in Nikki Beach in Dubai, I hurt my foot walking on a huge squid bone. I smelled it, and it was beautiful, more pungent, sweet and grainy, like Tonka, very salty and rawer than ambergris. I brought the squid bone back and we did a headspace analysis on it.

    セリーヌバレル:これらのことから、スクイッドの香りは3つの柱で構成されています。本物のイカの骨そのものまたはヘッドスペース法で分析し作ったアコードの*ドライダウン、ソーラーサリチレート感(エアリーでソルティー、空気のようなフローラルの印象のある香り)をハートノートに。
    そして神秘的なフランキンセンスをトップに。 あなた(インタビュアー)はそうしたら私にメランコリックさとインクのような感じが強調されている気がするってスパイシーなトップから試した時に言ってくれましたよね。
    それは私がジュールヴェルヌのロマン主義真っ盛りな雰囲気をもう一度表現したかったからなんです。 この香りに私は「嵐のような感覚と落ち着いた雰囲気を同時に体験する」ということを香りで表現するという嗅覚体験を構想したんです。
    深く、暗いムードから明るくてハッピーな場所に連れられるように。
    私はこの香りは作りながらベートヴェンを聴いていて、このロマンティックなムードを落とし込めるようにしていたんです。
    そしてそれは成功することができました。

    (*河村注:ドライダウン:トップとミドルの香りが抜け、最後の最後の状態の香りのこと)
    Therefore, Squid is really based on three pillars: the Living Squid Bone (or headspace) accord in the dry down, the solar saltiness (an airy, salty, ethereal floral impression) in the heart, and mystical frankincense on top. Then you asked me to emphasize the melancholic and inky feeling, as well as the spicy intro. It brought me back again to Jules Verne, who wrote at the height of Romanticism. So I envisioned an olfactive impression that would translate at the same time a calm and stormy mind, going from a deep dark mood to a bright happy place. I was listening to Beethoven a lot to put me in this Romantic mood. And we did it! 出典:ZOOLOGIST:An interview with Celine Barel, the perfumer of Zoologist Squid
    https://www.zoologistperfumes.com/blogs/news/an-interview-with-celine-barel-the-perfumer-of-zoologist-squid
日本がインスピレーション源の一つになっていることにとにかく驚きでした!
イカ墨の表現にインセンスを使っていると思いきや、日本周辺に生息していることの表現としてインセンスを使っているとは。
そして、イカが登場する作品『海底2万里』のロマンティシズムの表現とイカとマッコウクジラの戦い、調香師の持つイカの骨の香りの再現など、調香師がこれまで出会ったイカとの物語が詰まった作品です。

このほかにもZOOLOGISTには物語が込められた香りがたくさんあります。
今回は一つの香水にまつわる表現についてをご紹介しましたが、まだまだここでは話し尽くせないほど中身が詰まった香りです。
動物たちの王国、ZOOLOGISTで動物の興味深い新たな一面を発見してみてはいかがでしょうか。

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参考文献 窪寺恒己,2013,『ダイオウイカ、奇跡の遭遇』,新潮社 Zoologist,2019,"An interview with Celine Barel, the perfumer of Zoologist Squid",Zoologist blog, 2019 October 10, (Retrieved January 15, https://www.zoologistperfumes.com/blogs/news/an-interview-with-celine-barel-the-perfumer-of-zoologist-squid)